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葉子のコラム

「稲生座にて」


 何度も「稲生座」について書いていると思う。

 それだけ思い入れが強く、大切な場所だ。

 はじめてここに訪れたのは、

 私が、鬼頭つぐるという、シンガーソングライターの
 CDのコーラスに参加させてもらい
 彼に「どっかアコースティックでやれる店ってないですか?」
 と聞いたところ「あるよ!高円寺の稲生座」といって紹介されたのだ。
 
 人の縁とは不思議なものである。

 初めて店にいき、その雰囲気に圧倒された。
 懐かしいような、あったかいような、
 なんともいえない気持ちになった。
 あたし、ここ、大好きだ。そう思った。

 音源を渡し、何だか楽しくなって、店でビールを飲んだ後
 「もしよかったらやらせて下さい」といって帰ろうとしたとき
 「飲んでってくれてありがとね」と声をかけてくれたのが
 亡き店主、ひろしさんの奥様、えみちゃんだった。

 連絡をもらい、ライブが出来ると知った時の喜び。
 昨日のように思い出す。

 あれから10年近くたつ。
 
 何度も訪れ、エールや叱責をもらった。
 
 この店には、志の高い熱いミュージシャンがたくさんいる。
 新参者の私達を、彼らは暖かく迎えてくれた。

 久々に、稲生座でライブとなった、先日、
 不思議な出来事があった。

 ピアノを弾くふんじが、鍵盤の上を飛び回る1匹のハエに気づいた。
 瞬間、「ひろしさんだ!」と思ったそうだ。
 私といえば、ライブの最後に
 「ありがとう稲生座」と喋っていた。
 こんなこと言ったことないのに、自然に口をついて出てきた。

 きっと、ひろしさんが来ていたんだ。
 ながらくご無沙汰したから。
 しっかりやってるか!と言いにきたのかな。

 ふんじは、彼の好きだったレッドアイを飲んだ。
 
 この店は全然変わらない。

 だから、自分が変われた事に気づく。

 この店は変わらないから、
 
 何度も何度もスタートできるって
 気づかせてくれるんだ。


「すごい奴ら」


 まったく、驚くぜ。奴らには。

 メンバー、藤山、平嶋、菅原。

 私はリハーサルで「こんな曲です」とか
 「こんなイメージで」と、ここんとこ言った覚えがない。

 しかも、私の思うように、曲が仕上がっていく。

 本来ならば、作者である私が
 皆を仕切るところだが

 今や彼らだけで、たいした意思疎通もないまま
 同じ世界を作り出す。

 音楽的な知識や技量のない私は
 小節などで話を進められても、さっぱり分からず
 とんでもない所から歌いだしたりする。

 そんな私に「心のなかで1・2・3・4と数えろ!」などと
 まったくの子供扱いである。

 しかし、そんな彼らもひとたび曲が始まると
 優しく、甘く、激しく奏でだす。

 まったく感服する。

 そして、彼らに引きずられ、「あーなるほどね・・・・」と
 意味も分からずうなずいていると
 結局、いいものが出来上がっているという・・・

 ほんとに、凄い奴らだぜ!俺以外!

 しかも、俺以上に、雰囲気を持っていやがる!

 俺がかすむだろ、といいたくなる・・・・。

 そんな彼らに、やいのやいの言われながら
 小さくなっているのがSOVERYの葉子である。

 明日はライブだ。

 たのむぜ!兄貴!!

 「おめーがな!!」という声が聞こえる・・・・・


「雨が降ってる」


 まったく女って奴はどうして天気が気になるのだろう。

 天気によって、着るもの、髪型、メイクに支障があるのだろう(たぶん。)

 かくいう私も毎日天気予報を見る。

 私は布団を干すのが好きで、晴れていたら、連続でも干す。

 気持ちがいいし、なんといっても、あの陽だまりの香りが大好きなのだ。

 雨の日を大好きと言う人に出会ったことがない。

 自分も聞かれたら「晴れのほうが大好き」と答える。

 なのに雨の日は、物語や映画や歌の世界では象徴的に使われる。

 雨は憂いを秘めているんだな、きっと。

 自称「雨女」という友人は大事な場面でいつも雨。
 
 「聞いてよ、結婚式にどしゃぶり!!」とカラッと笑っていた。

 初めての給料で何買った?

 雨の日が楽しくなるように、明るい色の傘とレインブーツ。

 と答えた友人がちょっとかっこよかった。

 
 ・・・雨の日は、家の中で本を読むのが好きだ。

 そして何より、

 真っ暗な部屋の中布団に入って、屋根を打つ雨の音を聞くと

 「今日は雨が降ってるから、ぐっすり眠れる」と
 つぶやいていた父の言葉を思い出す。

「私は捨てます」


 去年のある日の事だった。

 休日だったため、こたつに潜ってテレビを見ていた。

 すると、年末の大掃除の特番をやっていた。

 あの、断・捨・離を提唱している若い女の子が出ていた。

 この時点、チャンネルを変えてしまうのが本来の私だ。

 掃除、片付け、整頓・・・

 これは、私が最も苦手とするジャンルである。

 しかし、何故かその時は黙ってみていた。

 すると、小出にとってとっても魅力的な言葉が飛び込んできた。

 「ときめかないものは捨てる。ときめくものの中で生活する」

 素晴らしい・・・・。私はすっかり感動してしまった。

 幼少のころから、面白いものをためこむ私は
 部屋の中に不要なもので一杯だった。
 例えば、私は「備品」が好きで
 おまけや、非売品のものが大好きだ。
 今だって、パスコの食パン売り場に置いてある
 巨大な食パンを模したビニール製の販促品が欲しくてたまらない。

 要するに、そんなものが部屋を汚しているのだ。

 意を決して、「ときめき」だけをキーワードに
 捨てることにした。

 最初は「やったぞ感」を得やすいデカイものから・・
 すると、ときめかないものばかり!

 がしがし捨てた。
 ゴミ捨て場に何往復したことか。

 すると、おやおや。広くなった!

 調子づいた小出は、洋服、備品、食器を
 がしがし捨てた!

 すると今度は、その広がったスペースが
 汚れていることに気がついた!

 小出はがしがし掃除した!

 そして、年末までに相当数片付いた。

 ここで小出の言いたいことが2つ。

 ひとつは、捨てることで、無駄に買わなくなった。

 ふたつめ、お母さんたち、子供に「片付けろ」と
 叱る前に、やる気になる素敵な言い回しを考えよう!

 片付けが面倒だって思っていた私に
 「ときめき」マジックを教えてくれた
 若い女の子先生に、感謝したい。
 


「その日。」

 SOVERYが去年暮れあたりから暗礁に乗り上げて、
 もちろん、メンバーの脱退という事もあったけど
 実はもっと根本の問題も抱えていたんだ。

 だからライブのお誘いを受けても
 断り続け、全く音楽とかかわることなく日々を過ごした。

 ただ心の中で燻ってるものがあった。

 四谷アウトブレイクのスーパーP.Aの長沢氏から
 「長沢まつり」という彼のイベントに誘われていた事。

 彼の彼による彼の為のイベントに誘われたこと、
 私は「長沢まつり」にずーっとずーっと出たかった。

 なぜならその日出演するバンドは
 スーパーバンドばかりなのだ。
 しかも、POCK!!
 うちはギターレスでしかもPOPS!!
 
 こんな光栄なお誘いはない。
 どうしても出たい!!

 手当たりしだい電話してベース探しから。
 ふんじと2人で奔走した。

 このまま見つからなければ
 断念するしかない。

 そんなある日、長年待ち続けたベーシストに
 ふんじは渾身のメールを送った。
 
 2人が祈るように待っていたメールの返事は
 ただ、これだけ

 「了解」

 飛び上がって喜んだ。
 しかしあまりにも簡単な返事すぎて
 「酔っててなんか勘違いしてるんじゃない?」
 不安すぎた。
 しかしまた詳しくメールすると話が通じている。

 今度こそ「やったー!!」

 あの日以来、私は夢の中を歩いているようだ。

 その日、

 ROCK好きの長沢氏に捧げる曲として
 スーパーギタリストにも弾いてもらう。

 SOVERYのROCK。
 聞いて欲しいずら。

 その日、はもうすぐ。

 子供のようにときめいてる私が居る。

 その日、SOVERYはまた動き出すんだ。

 


「背中。」


昨日は遅くまで、家で飲んでいた。

高校の文化祭で初めてボーカリストになってから
何十年も歌い続けてきた。

いろんな人と出会って、別れて
数え切れないほどスタジオに入って
数え切れないほど歌った

昨日SOVERYのリハがあった。
新しいベーシスト、菅原さんとのリハも
2回目となった

私は今凄く幸せだ

音楽をこんなにも愛おしく思える今が
本当に幸せだと思う

ふんじとたった2人で始まったSOVERY

MCで喋れない私に代わって
喋り倒してくれた

ライブ中、感きわまって泣いてしまった私に代わって
歌ってくれた

ベースがいない期間もずっとリハに来てくれたへいちゃん
私の曲は余計な1小節がよくあって(SOVERYの法則と言われている)
そのため間違える元になる。
「この小節必要?」と問題になった時
うまく説明できない私に代わって
「こいつには何か必要なんだろう」
と、擁護してくれる

SOVERYっていいよね
かっこいいよ、と言って
対バンしてくれたすがけん(菅原さん)

いつか、一緒にやろうといって
彼を、7年待った。

本当に待ってた。

だから、へいちゃんもふんじも私も
おかえり!って気持ちだ。

ファーストCDの中で
かつて一度もやったことのない曲を
今回の「長沢まつり」でやる。

すがけんが居る今だからこそ
やれる曲だ。

みんな、見に来て欲しい。
聞いてくれ。


昨日のリハの帰り道
3人の後姿を見ていた。

出会ったからにはいつか別れる3人の背中
SOVERYを愛してくれる3人の背中
あたしはこの一瞬をかみしめてる。


「働くということ。」


仕事を変えて半年以上たった。

仕事にもそこそこ慣れてきた。

最近親しくなった人が居る。

歳はあたしより20歳も年上だ。

はじめ入った頃は、

ちょっと怖い印象だった。

けど、あたしがしでかしたミスを、その人がフォローしてくれてから
話すようになった。

なんとなく普通の主婦という感じはなかったので、そう正直に話すと
「私結婚してないの。ずっと仕事一筋だったから」
と話してくれた。
聞くと、某有名アパレルメーカーのデザイナーをしていた!!
(あまりにも有名すぎてここでは書けませんっっ)

まったく、どこにもどんな場所にも
すげー人間は紛れているもんだ。
その時代の超バブルな生活ぶりや、仕事で行った各国の話しが
面白く、話に熱中しすぎて店長に注意されるほどだ。

20も違うとは思われない、その見た目も、気持ちも、
考え方も、すっかりファンになってしまった。

休日に作ったという手作りパンと手作りジャムを
頂いて私は食べた。

自分の為に体にいい物を。と
彼女は全て手作りする。
その一人きりの時間の中で
私を思い出し、私にも作ってくれた思い。

働くということは、全く違った世代に触れ合える場所でもある。
この仕事を選んだから彼女に会えたと思うと
縁というものを強く感じる。

「お返しはいらないから」と念を押した彼女に
「お返しじゃないよ、バレンタインだからさ」と
チョコレートを渡した。

すると、「なんて偶然!私今日が誕生日なのよ」と。
一緒にびっくりして笑った。

話してるうちに浅草や鎌倉が大好き、ときた!!
「まじで~?」
「まじで!」

今年の春、あったかくなったら2人で行こうか。
と誘われた。

なんて素敵。

人との出会いって素晴らしい。

●年末から最近までの色々●


すっかりご無沙汰っす。
あたしって、本当にダメダメダメ子さん。

更新しないと平気で2ヶ月ぐらいほったらかし。

でも、色々あったのよ。

ベースのノギーが一時休止ってことで
ベーシスト探しに奔走し、
ライブの予定が立たなくなり、
ただ悶々とした日々を過ごしていた。

ら、にゃをちゃんのライブに来ていたよしみつと
マナブに遭遇。
すぐ宴会。

新年会に平嶋家へお呼ばれし
己哲(ご子息)と皆で
消臭力~を熱唱。

マナブから「葉子さん稲生座に行って!」と催促され
何年かぶりに稲生座に行ってきた。
泣きそうなくらい懐かしくて
暖かくて、

SOVERYは稲生座から始まったから。

初めてここで認めてもらったから。

ドラムのへいちゃんも
よしみつもここで出会ったから。

何で、こんな苦しい時に、
ここに来なかったんだろう。

マナブありがとな。

稲生座に居るだけで
パワーが湧いてきた!

3月12日「長沢まつり」を皮切りに
4月、5月もライブが入った。

新しいベーシスト、
彼もまた稲生座で出会った。

34、「実は・・・。」


 秋の夜長に、自分を顧みた。

 実は、

 小学6年生まで、人差し指をおしゃぶりしないと眠れなかった。
 しかし友人にバレるのが嫌で修学旅行を機に、根性で眠ることに成功。
 今でも、人差し指が微妙に皮が硬い気がする。


 書道が八段である。
 しかし全然巧くないのだ。
 でも、八段である。履歴書には絶対に書けない。
 「うちより、その道で・・・・」と言われてしまう。
 でも、八段である。


 ピアノを習っていた。
 しかし3回目にやめた。
 楽譜の説明がなんとなく算数っぽい匂いがしたためである。

 
 肉が食べられない。
 母が作ったラーメンに豚肉が入っていた。
 「残すな」の言葉に無理やり食べた瞬間、吐いてしまった。

 
 あだ名は「こいこい」だった。
 当時、お漬物の「しんしん」が流行っていた。


 えんぴつが好きだ。
 父がお土産に、ものすごくぶっとい、上にランプのついている鉛筆を買ってきて
 物凄く衝撃を受けた。


 最長で18時間眠ったことがある。
 「4時」が朝だか夕方だか分からなかったことがあった。


 卓球を3時間やり続けた。
 汗だくになり、帰りがけ、顔が塩でザラザラだったことがある。


 プールに行って、水着の胸のパッドが水中に漂っていた。
 まったく・・・と思いながら、更衣室で着替えた私の胸パッドが片方なかった。


 めちゃくちゃ混んでいる電車の3人掛けに1人しか座ってなかったので
 気にせず座ったら、チンピラで、降りるまでひたすら説教された。


 ステージで、パンツの中にロングスカートを挟んだまま出て行ってしまい、
 お客さんが教えてくれた。


 待ち合わせで、色が一緒なだけで車種の違う車のドアを開けてしまって
 全く知らない人で驚いた。


 美容室の営業トークがうざったく、
 中国人の理髪店に通っていた時期がある。


 マックフライポテトは「L」である。


 お菓子のことならかなり詳しい。
 「ブルボンにハズレなし」
 私の信条である。


 方向音痴である。
 隣のビルの同じ階に面接に行ってしまった。


 ・・・・きりがなくなってしまった。

 要するに、私はすっとぼけている奴なんだな。


 
 

 


 

33、「星が生まれた日」。


 あたしはプロじゃないから、作詞作曲といっても何のノルマも制約もない。
 だから、気が向いた時に、キーボードに向かってみる。

 ただ弾いていて出来る時もあれば、一向に浮かばない時もある。
 だからそんな時はやめて、時期を待つ。

 わたしが曲を作りたいと思うとき。それは
 人の言葉だ。

 友人や、TV、心にぐさっと突き刺さる、リアルな言葉。

 どんな美辞麗句より、その人のリアルな言葉を聴くと、
 感動する。
 その言葉がシンプルであればあるほど、感動する。

 作為のないものって素晴らしい。
 

 それと、季節や自然、宇宙や、神秘的なものも
 想像を膨らましてくれる。

 仕事場でくだらん人間関係でごちゃごちゃした日などに
 月を眺めてみる。

 「無限」ってなんだ?
 そんな事思いながら空を見る。

 何だか勇気が湧いてくる。
 
 友人が、人間は、海深くまで入れないし、空高くまでは飛べない。
 ここからここまでが人間の領域なんだね、
 と言ったことがある。

 その言葉の意味に震えた。
 ったく、いい事ゆーぜ!
 人は皆、そんな憧れの世界の中で詩人だよな。
 頭のなかで、とてつもなく大きな世界を思うとき、
 心のなかが開放される瞬間がある。

 そして日常の雑事に追われるからこそ
 その輝きは大きいんだろうな。

 明日、1曲目は、そんな宇宙の歌を。
 「星が生まれた日」を歌います。


32、「10年」。


 10年前の9月11日。

 あんな大惨事が起きて、世の中が騒然とした日。

 その日に、「SOVERY」は誕生した。

 
 私が高校1年のとき、友人に誘われボーカリストになってから、
 色んなことがあった。

 卒業してからも、歌う事を選んだ。
 
 会社近くの「別所沼公園」の夏祭りカラオケ大会に
 飛び入り参加して優勝したこと。 

 「鴨川シーワールド」で夏の1週間、1日3ステージで初の営業をやったこと。
 夜空にいくつも流れ星が見えた日の事。

 選挙の街宣音楽の仕事をした事。

 洋楽をうたう事がなかった私がツェッペリンを歌って驚かれたこと。
 
 それがきっかけで女性ロックバンドを結成したこと。

 それからはしばらく、「ロックの葉子ちゃん」として
 声を枯らして歌っていたこと。

 作詞作曲なんか恥ずかしくて、出来なくて
 でも初めて作った曲を、
 音楽事務所に認めてもらったこと。

 自分の歌を歌うことを決意したのは
 2001年9月11日だ。

 ロックの葉子ちゃんでもあるけど、
 自分の歌を歌う葉子ちゃんもいい。

 そう言ってくれる人と出会ったからだ。

 あの日、台風一過で、ものすごく蒸し暑い日だった。

 私はこれからどんな音楽をやりたいか、
 私は話した。

 それが相棒、ふんじである。

 それ以来、彼は私の歌に関して一切、誉めも苦言も口にしない。
 
 あの日から10年。
 色んなことがありすぎて、書ききれない。
 ただ、

 「SOVERY」を始める前の、10年より
 はるかに充実した日々だった。
 
 
 明日は「SOVERY」の生まれた日。
 
 あの日、誓いを立てた公園に行き
 乾杯しようと思う。
 

31、「四谷の地下室で」


 「奏-sou-」というバンドで1曲、歌わせてもらった。

 彼らとは、四谷アウトブレイクというライブハウスで知り合い、
 対バンさせて貰って以来、長いお付き合いである。

 ギターの木下氏は、「FREE」のトリビュートバンドのギタリストであり、
 英国のプレスからも評価された凄腕である。そして四谷アウトブレイクのスタッフとして
 ギター小僧たちの良き兄貴分だ。
 私は初めて会った時、腰の低い、なんて丁寧で、親切な「お兄ちゃん」だろう。と思った。
 完全に「年下」だと思っていた。が、先輩としり驚いた。
 なにせ見た目が若い!

 木下氏にはいつも驚かされる。
 アウトブレイクのライブは、メンバーの都合でリハーサルが出来ない。
 したがって、P.A(ここのスタッフは凄いんです)さんも本番1発で納めてもらう。

 バタバタしながら、私が着替えてステージに立つと・・・
 マイクスタンドがいつも私の背の高さにセッティングされている。
 ペタンコの靴でも、ヒールの時でもだ。
 私がそう話すと木下氏はただ「ははは」と笑うだけだ。

 本当に細かいところにまで神経を張り巡らせてくれる。
 音楽に対する愛情がいたるところに現れている。

 キーボードの渡部にゃをちゃんは、私と同じような音楽人生(笑)を送ってきて
 驚いた。
 彼女の大好きなところは「品」がいいところだ。
 いつも凛として、秘めた情熱をもっている。
 年齢も1つ違いで話が合うし、音楽に対する思いには
 いつも触発されている。
 私が大雑把でがちゃがちゃうるさいのに対し
 彼女は繊細でゆったりとしている。
 2人は正反対なのだが、2人でいるのがとても落ち着くし、
 楽しいのである。
 何回か2人で飲みに行き、音楽の話や
 人生の話を延々とした。
 彼女はお酒が強く、私はとっとと玉砕する。
 隣で飲んでいた見知らぬ女子チームと、合同写真をとり
 大笑いした。

 私は何事も「感情論」で判断してしまう。
 論理的ではない。
 でも、いい方に向かった時は物凄くパワーになる。
 だから音楽をやる上でも、
 心が第一だと思っている。
 大好きな人とやっていきたい。

 私が今回、彼らからオファーを受けた時、
 何か「いいことが起こる」予感がした。
 彼らはやっぱり、私に大きな影響を与えてくれた。

 前に、誰だったか、TVで話していた。
 「何かが変わる時、火の玉のように、パワーを持った人が集まってくる」。

 人が人を動かす。
 それはやっぱり情熱なんだと思う。

 ありがとう、木下さん、にゃをちゃん。


30、「祭り」


 夏祭りが私の住む町にもあった。

 だけど横目で見て通り過ぎてしまった。

 暑いから。別に楽しくもないから。

 幼い頃、子供神輿を担ぐ事になり、
 女の子という事もあって、前のほうで
 担がせてもらった。
 子供神輿は、皆「タメ」がなく
 大人が前で抑えていないと、走り出すほどの勢いだ。

 朝から町中を練り歩き、要所でジュースやアイスを貰う。
 大汗をかきながら、
 ひたすら「そいやっ、そいやっ!」と声をだした。
 肩が柱に当たって痛かったけど
 「神様を担ぐのは縁起がいい事」と聞かされていたので
 途中で抜けるなんて出来なかった。

 国道を渡る時は、車を止める。何ともいえない優越感だった。
 家の前を通るとき、母は笑って見ていた。

 辺りが暗くなった頃、ようやくゴールし、
 最後まで担いだ子供たちにお菓子の詰め合わせが貰える。

 物凄く暑く、物凄く楽しかった。

 
 さっきニュースで被災地でたった1つ残された山車で祭りを行った町を
 紹介していた。

 復興のため、町に住む人々のため、立ち上がった、と。

 祭りってなんだろう。

 人がひとつの気持ちになれることか。
 心の底から声を出し、力いっぱい体を動かすことか。
 幸福を求めた人々が、神を崇めることか。

 彼らの姿は私のイメージしている祭り、そのものだった。
 見ていて胸が熱くなった。
 
 人にとって祭りは、
 屋台のやきそばであり、
 浴衣姿の彼女とのデートであり、
 夏休みの夜遊びであり、 
 体全体で、生きてる喜びを感じる事なんだ。

 やっぱり、祭りは参加したほうが楽しい。
 横目で通り過ぎるような大人になってはいけない。


29、「おせっかい。」


 日本は、自殺者が年間3万人を上るという。
  
 世の中を見れば、不景気で、就職難で、
 働けたとしても非正規労働者の比率が増えている。

 将来に対する不安は、少子化にもつながり、
 今や、老人、結婚していない者を含めた「一人暮らし」が
 全体の4分の1にまで達したと、ニュースは伝えている。

 では今が、一番苦しい時代なのだろうか。
 おばあちゃんが生きた時代の話を聞くと
 関東大震災や戦争があって
 生きることで精一杯の時代もあった。

 どの時代も、それなりの苦しみや困難があるのだと思う。
 
 では人間にとって衣食住のほかに、自殺を考える要因ってなんだろう。

 「死にたい」と思うことはあっても「死のう」と思うことはない。

 そこには「逃げたい」という思いと「誰かを悲しませたくない」という思いが交錯している。

 そこには「人」が介在している気がする。

 いつからか、家族構成は核家族になり、子供は個室を持った。
 大部屋で何人もと暮らす形態は減っていった。
 私だって、両親のやかましさから逃れるように家を出た口だ。

 「構ってくれるな」「放っておいてくれ」
 と、身内までも隔離したのがプライバシーだ。

 私は根本的に「人」が好きだ。
 しかし面倒はごめんだ。
 と勝手なことを言っている。

 こんなスタイルが「人」を孤独にしているのかもしれない。


 私は今年に入って仕事を変えた。
 
 音楽をやっているから、別に仕事仲間と親しくなる気もなく
 女の悪口大会に参加するのも煩わしいし、
 仕事終わりに「お茶する」のを誘われないほうが有難かった。

 なのに、「小出さんってタバコ吸う?」(先輩のおばちゃん)
 「あ、はい。でもまだ新人なんで・・・」(小出)
 「小出さん、仕事終わったら4階に来て」(先輩のおばちゃん)
 (なぬ?さっそく付き合いが悪いと呼び出しか?!)
 仕事終わりに面倒くさいが行ってみると

 「タバコ吸いな。新人だからって遠慮しないの」
 「・・・はい」

 その後も
 熱中症になるから水分補給してこい、だ
 トイレは我慢してないだろうな、とか
 なにかと踏み込んでくるのだ。

 煩わしさを嫌って、人と接していても、
 こんな愛情深い「おせっかい」がこの世には居る。

 帰り道、心の中で微笑みながら、その人を思った。

 人と接する暖かさ、そしてわずらわしさ。
 それが人間関係だ。
 面倒くさいが、有難い。

 もし、そんな人との接点があれば、
 人は孤独にならないんじゃないか。

 誰もが、色んなものを抱えてる。
 でも
 大切なことは、そのおせっかいな愛を
 切り捨ててしまわないことだ。
 自分が拒絶しないことだ。

 
 また明日も、おせっかいがやってくる。
 今度は私から、
 4階に呼び出してやろう、と思っている。
 

 
 

28、「自信って?」


 今月はライブが2回あった。
 
 他のバンドを見に来ていらしったお客様が、ライブ後、
 声をかけてくださった。

 ①「美空ひばりと金子マリを足して2で割ったような歌でした」
 ②「大女優のように堂々としていた」

 ・・・驚きと恥ずかしさで、テレまくってしまった。
 (なんだか微妙に自慢してるみたいで恐縮です)

 なんで自分でこんな事を書いたか、というと、

 私は、メンバーからも、私を応援してくれる方々からも

 「もっと、自信を持て!!!」と言われ続けているからなのです!!!
 
 舞台に立つ以上、こんな弱気なところをブログなどで書かないのですが、
 
 私は書きます。

 なぜなら、その弱さを含めて私だと思っているからです。
 
 そして、その弱さを克服できると思っているからです。

 「魔女の宅急便」という映画を大好きなのは、
 主人公が弱く、迷っているから。
 まるで自分をみるようだから。

 最強の人間なんていないし、そんな人に興味もない。
 くだらない事で悩んだり、立ち止まってることも
 すべて、自分らしさ。なんだと思う。

 私は歳も歳だし、別人を演じるつもりもない。
 ただ、むやみに抱えた負の部分も含めて
 私らしく、ありたいと思う。

 ユーミンの詩で大好きな一文がある。

 「淀みない浮世の流れ、飛び越えぬ弱さ、責めつつ
  けれど、傷つく心を持ち続けたい」

 こんな詩をかける人は、こんな気持ちを抱えていた人だと思う。
 
 自信って?
 
 まだよくわからないけど、
 
 自分が声になって飛んでいく歌うたいで、ありたいです。 
 

27、「ユニホーム。」


 運動部でなかった私は背番号のついたユニホームを着たことがない。

 今日、弟からのメールで
 姪っ子の華(小2)が明日、ミニバスケットで試合に出ると
 彼女のユニホーム姿も一緒に送ってくれた。

 随分みないうち、大きくなっていたし、
 ユニホームを着た姿は、誇りに満ちている。

 試合にでるため、バスケ部だった弟と、毎夜、特訓したらしい。

 「やりたい事」をたった二年生で見つけた事も、
 弟に怒鳴られながらも、辞めない、と食らいついた根性も、
 見上げたものである。

 世の中がどんなであっても、
 今日の積み重ねが未来をつくる。

 一日一日を、積み上げた小さな彼女は
 背番号着きのユニホームを着る選手になった。

 その姿は、眩しく、たくましい。

 頑張れ、華!

 姉ちゃんは、君を、かっこいいと思う.

26、「会って、話す、という事。」


 久々に飲み会をした。

 といっても、音楽の話がメインで、ドラムの平嶋家にお邪魔した。

 まー坊(平嶋氏の妻)とは、去年以来か?
 お互い、メールなどはしあうので、そんなに会わなかったとは思えなかった。

 私は、彼女に今まで色んな事を相談してきた。
 しかし母となった今、なるべく面倒はかけたくないと思い、
 深い話はしていなかった。

 おととい、久々に会い、話をした。
 「仕事は?」開口一発聞いてきた。

 実は誰にも言わなかったのだが、とっくに転職していたのだった。
 そのことを聞かれた事にびっくりした。

 この人には何故か素直になって話してしまう。
 「何かさ、毎日が同じで同じ顔見てたら、飽きちゃってさ、
 朝、電車に乗ろうとした瞬間、辞ーめた!ってさ」
 
 人と会って、話す、という事。
 その人のあったかさに触れて、自分が素直になれる事。

 
 メインの音楽の話は、ex-maleというバンドのトランペッター、座光寺くんと、
 音楽配信の件についてだった。

 彼は物凄いパワーの持ち主だ。
 だからゆるい考えの私はこの日も彼に随分と叱られた。

 この歳になって、「NO!」と真剣にダメ出しをしてくれる人は少ない。
 落ち込みながらも、その情熱と、思いに、頭が下がる・・・。

 人に会って、話す、という事。
 その人のパワーに触れて、自分が触発される事。

 2人は、いわばあめとムチだ。
 
 でも、夏の夜のひと時、
 
 体温や声や、瞳を受け止めながら、話せたことに感謝した。

 会って、話す、という事は、
 素晴らしいことなんだな。 
 


25、「変わる。」


 「変わりたい。」って誰もが口にする。

 そんな人たちを愛おしく思う。

 きっと1歩を踏み出した人なんだと思う。

 

 SOVERYでライブの3日前に急遽、1曲だけドラムのひらしにギターを弾いてもらう事にした。
 
 いくら、男子といえ、家にギターも無い(ひらしのギターをふんじが借りている)奴に

 いきなり弾けというのも酷だと思ったが、強引に決めてしまった。

 ライブの前日に練習したのだが、

 スタジオで早速ひらしは「爪切り」をノギーに借りていた。

 何度も何度も繰り返し演奏した。

 普段はドラムで仕事をしているだけに、

 上から目線のひらしだが、ギターとなると勝手が違う。

 いきなり音が消えたと思ったら、アコギの穴にピックを落とし、

 ギターをひっくり返し大慌て。

 私は久々に大爆笑させて頂いた。

 ギターの技術がどうだかは知らないが、

 歌っていて、曲の解釈が普通のギタリストと違うな、と思った。

 ひらしの思いが伝わって、暖かな気持ちになった。

 
 7月7日のライブだから、浴衣にした。皆も甚平や和風で揃えてくれた。

 ライブが終わって、ノギーが

 「平嶋さんがギターを弾いて、良かったね」と言った。

 なんだか凄く、うれしかった。

 何かを変えるというのは、勇気がいる。

 でも、変わるって素敵だ。わくわくする。

 1人が変われば、皆も伝染する。

 大きく変わる。

 

 七夕で、いろんな場所に短冊を書くコーナーがあった。

 私も、一枚書いて、結んだ。

 「もう一度、夢をみる」


 


24、「CMおそるべし。」


 子供のころからテレビのCMが好きだった。

 たった数十秒で、商品の紹介や強烈な印象や、歌や言葉を伝える。
 
 いいCMは、心に残り、口ずさんだり、「ねぇあれ見た?」と
 友人に話しかけたりする。

 こんなに短い、こんなに強烈なメッセージってあまりない。
 だから、その戦略や構成に、引き込まれる。


 これは歌を作るはしくれとしても大いに勉強になる。

 キャッチーでシンプル。
 そこにイマジネーションが加われば大作である。

 
 最近では、トイレの消臭剤「消臭力」を、顔を真っ赤にして熱唱する
 外人の少年の歌声に、やられてしまった。

 このシリーズは、いけてない外人を使い続けるという一環したポリシーがあり、
 なかなかのやり手である。(エスティーでなくエステーなのがまた渋い)

 サンゲツという会社のCMもお勧めだ。
 こちらも少年が歌を歌っているのだが、

 「サンゲツの機能性壁紙で、暮らしをもっと快適に」と
 歌っているのだが、符割りとメロディーが複雑なため
 少年は大層ダメだしをくらったのだと推測される。
 O.Aされた歌が微妙で、しかも最後は声がひっくりかえっている。
 ここに至る過程までが垣間見れる作品だ。

 車のCMで、子供が「ママにもあるよ」とダンゴ虫を渡す。というのは
 個人的に大爆笑した。
 男の子ならきっとこんな事をするだろう、という思いと

 平嶋家のご子息、己哲がダブってしまうのだ。
 まー坊(己哲のママ)が大の「虫嫌い」なのだ。
  
 ・・・こんな事が起きたら・・・まー坊は、瞬殺である!!

 まったくCMってやつはイマジネーションを膨らませてくれる。
 たいしたもんだ。


 ちなみに、平嶋パパのお気に入りは

 「こバエがホイホイ」
 これって大問題ですよね。という強烈なクレーマーの話だ。


 そしてやっぱり、元気になるCM。

 HONDAのCM。
 日本の基幹産業である車が頑張らないとね!
 
 CMにはホンダの過去からの挑戦が描かれている。
 かっこいいぞ!

 最後、出来上がった製品に、シートがかぶされる。

 そこには HONDA MADE IN JAPAN
 って書かれている。

 MADE IN JAPAN!
 頑張れ!ニッポン!


  
 
23、「ひまわり。」


 去年の夏だった。

 新しいセクションに配属され、
 毎日仕事に忙殺し、
 何だか心が疲れていた時があった。

 そんな時、ひまわりの花束を貰った。
 なんの記念日でもない。

 ただ、私を励ましてくれようとして贈ってくれたんだと思う。

 ひまわりは、太陽の形に見える。
 沈んだ気持ちも、笑っている様なその姿に見つめられ、
 「頑張ろう」と思ったのを覚えている。


 津波による塩害で土壌を改善するのに、
 ひまわりが良いらしい。

 全国から送られたひまわりの種を
 大事そうに植える人々をニュースで見た。

 ナウシカの腐海の森を思い出した。
 土を甦えさえるのは、やっぱ植物なんだね。

 荒れた土地一面に

 無数のひまわりが揺れている。

 想像しただけで胸が熱くなる。

22、「泣いたり、笑ったり。」


 例えば、同じ事をずーっと、やり続けたとする。

 どんな人でも、それなりに巧くなって、早くなって、余裕ができる。
 
 慣れ、ってやつだ。

 こうなるまでには、鍛錬と、時間が必要で、簡単に到達できるものではない。


 しかしこの慣れっていうのがまた厄介で、

 慣れた頃に仕事で失敗したりするのがいい例だ。

 おごりや怠慢が出てくるんだろう。


 歌を歌い続けている私も、そんなおごりが出てくる時がある。
 
 ここでこんな爆弾発言したからには、
 見に来てくれたお客様!厳しく、ジャッジしてくれよ!
 テメー、ふざけんな!金かえせってね!
 

 私は、ここ何ヶ月、ほんとに天中殺(古いね)かと思うほど
 色んな出来事で気が滅入っていた。
 このページを更新するのも億劫になった。
 
 私の悪い癖で、物事がうまくいかなくなると、
 その悪い空気の中にいる自分を甘やかしてしまう。
 
 すぐ、言い訳にして逃げてしまう。

 今回、昨日か。

 ライブがあったんだけど、その前のリハーサルでちょっとメンバーとトラブってしまった。

 バンドなら、当然ある、意見交換で、より良くするために皆で考える場面。

 私は例の悪い癖で、自分を甘やかし、自分の事しか考えず、

 皆の意見を素直に聞けなかった。

 むしろ、何で分かってくれないんだと思い、
 その場で泣き出してしまった。(まったくアホです。笑ってください。)
 
 良くする為の作業が私が泣き出したことで中断し、
 しらけてしまった。

 ライブまで1週間、嫌な気分で過ごした。
 もう1回あるリハーサルも、出来ればやりたくなかった。

 「何でこんな事になったんだろう」
 
 大好きなメンバーに甘えていたんだと思った。
 
 「お前は、楽しく歌っているか」
 
 そう言ってる気がした。

 「私は迷ったふりして、逃げている」と思った瞬間、吹っ切れた。

 次のリハーサルは、もう迷いはなかった。
 
 
 ほんとに、弱くて、小さな私に
 皆は教えてくれる。

 慣れてはいけない。おごってはいけない。
 いつまでも新鮮に瑞々しく、歌っていくんだ。

 ライブ後、汗だくになった皆は、
 あんな事があったなんて1mmも見せずに、
 笑いながら帰っていった。

 
 翌日、メンバーからメールを貰った。

 「自分が声を出すんじゃなく、自分が声になって飛んでいくんだ」って。

 じーっと、その文字を眺めた。力が湧いてきた。

 あたしが声になって飛んでいくんだ。

 やったる!絶対、飛んでいく。
 


21、「勝つとか、負けるとか。」


 小学5年の時、クラブ活動でバドミントンを選んだ。

 いとこのさっちゃんが、テニスをやっていて、ラケットに馴染みがあったからだ。

 たった一年間のクラブだから、ロヂャースとかの2本でいくらっていう安物でよかったのだが、

 父はスポーツ用品店で、1本で結構値段の張る、いいラケットを買ってくれた。

 
 クラブでは同級生と校庭で2人組みになって、ひたすらシャトルを打ち合う。

 とんでもない方向に打って、お互い「ごめんね、ごめんね」と声をかけあい 

 ラリーが続くと楽しくなって、2人で空を見上げながら笑いあった。

 
 そんなクラブで「試合」をすることになった。

 リーグ戦で勝ち抜いた者が優勝。

 私はそんな中、運よく、決勝戦に残った。

 その試合をクラブの子達は、しゃがんで観戦した。

 決勝戦の相手は6年生の女の子だった。

 私はいつものように、長くラリーがしたくて、相手が打ちやすい場所に打った。

 すると、相手の子はそれをことごとく地面にむけてスマッシュした。

 私は、全員が見ている前で、あっという間に、負けてしまった。

 あまりの完敗ぶりに、恥ずかしさで顔が真っ赤になった。

 私は負けたことが悔しいというより、

 全然面白くなかった事と、ラリーが出来なかったこと、

 そして、ただ呆然としていた自分が恥ずかしかった。


 考えてみれば「試合」なんて運動会くらいだった。

 それだって、相手のミスや単なる能力の差でたまたま勝ってきただけだ。

 勝つために戦略なんて考えもしなかった。

 そんな私が初めて、勝負の意味を知ったのだ。


 私達はいたるところで勝負の瞬間がある。仕事のノルマや出来高。受験や恋。

 点数のない、あくまで評価でしかない音楽でさえも、勝った、負けた、の感覚を持つ。

 最近では人生の「勝ち組」だとか「負け組み」だとか言う。

 
 勝負は必ず、決着がつく。

 その残酷さがまた、向上心や忍耐を生む。

 勝負は勝ったほうが面白い。

 でも、

 勝負しようとした瞬間に

 私は楽しくて笑っていられるだろうか。

 もしそうなれたら、どんなに素敵な事だろう。

 でも、

 ただラリーすることが楽しかっただけの幼い私も

 なんだか、妹をみるように

 愛しく思えるのはなぜだろう。
 

 

20、「書くこと。」


 私は幼い頃から、書くことが大好きだった。

 国語の時間、「今日は作文です」と先生が言うと

 クラス中が「え~っっ」と騒いでいたが、

 私は原稿用紙が大好きだった。


 私には書きたいことがたくさんあった。

 いいひとのこと。あったかいできごと。うれしかったこと。


 家では、両親がいつも言い争い、暗かった。
 学校で、友達や先生と楽しく過ごす中で、
 そんな暖かい出来事を言葉にしていると
 本当に幸せな気持ちになった。
 書くことは、私にとって気持ちを吐き出す場所だった。

 小学2年のとき、市の作品展で私の詩が選ばれた。
 本になった時、両親は大騒ぎして、その本をかき集めた。
 そして両親はたくさん詩の本を私に与えた。
 しかしそれも束の間で、また家は元通りに暗くなった。

 私は両親を無視するかのように

 いいひとのこと。あったかいできごと。うれしかったこと。
 を探し続けて言葉にしていった。

 
 ・・・もうあれから何十年もたち、両親は老いて、私も大人になった。
 暗い環境は自分で作り出さない限り、存在しない。
 諍いに震えることもない。

 でも、私はやっぱり、

 いいひとのこと。あったかいできごと。うれしかったこと。
 を書き続けたい、と思っている。

 このことこそ、私のテーマである。

 
 最近、このページを見てくれた年下の女子たちが私に話しかけてくれた。
 本当に嬉しかった。
 
 私もまた彼女たちによって救われているんだ。
 
 
 


  
 


19、「もがく。」


 私は、今を乗り切ろうともがいていた。

 死に触れた事が大きく影響していた。

 いつまでも泣いていてはいけないと、ここ何週間も必死だった。

 ただがむしゃらに泳いでみた。
 カラオケを歌いまくった。
 ライブを見にいった。
 このページで思うことを書き記した。
 おばあちゃんのお墓参りをした。
 本を買いあさって読んだ。
 友人と音楽について深く語り合った。

 そして今日、森林公園という国営公園に行き、
 新緑の中、レンタルサイクルでペダルをこぎまくった。

 ひたすら自転車で森の中を走っていく。

 上り坂で息をきらし、下り坂で風のようにすべっていく。

 木立はまだ色淡く、木々から差し込んだ光はカーテンのようだ。

 なんて美しい季節だろう。

 私は真っ白な気持ちになって走った。

 のどが渇き、汗をかき、

 足が痛くなっても、止まれなかった。

 今が楽しくて嬉しくて止まれなかった。

 そして、すれ違う、誰もが、
 すれ違う、誰もが!

 皆、笑っていた。本当だよ。
 皆、笑ってた。

 それが、すごく嬉しくて、たまらなかった。

 体を動かし、澄んだ風の匂いを吸って、大きく深呼吸した

 すると色んなメロディーが浮かんできた。

 私は今生きているって、思った。


 そして、

 「生きるということ。
 あなたの手のぬくみ、いのちということ。」

 という詩が、頭のなかではじけた。

 
 

18、「いのち。」


 留守電は母からだった。

 「母ちゃんだよ。マルが死んじゃった。」
 
 至って冷静な声だった。

 マルは13年前、母に贈ったマルチーズだ。

 母は、十数年前に目を患い、そのため家に引きこもりがちになり

 不安からか、父ともよく衝突していた。

 実家に帰るたび、冷え切った家の中をなんとかしなくてはと思い、
 
 プレゼントしたのがマルだった。

 始めは戸惑っていた母だったが

 電話口でマルの事を報告する母は、確実に元気になっていった。

 マルはダメな子で、だからこそ笑いもあった。

 父ともマルを介して会話するきっかけとなった。

 子供のように母の枕に一緒に頭をのせて眠っていた姿。

 父だけに噛付いて「格下と思われてるよ、父ちゃん」と皆で大笑いしたこと。

 階段から落ち、救急車で運ばれた母を

 その日以来、いつも2階にあがる母を階下から見守っていたこと。

 

 母に電話した。

 母が泣いていた。

 必死でこらえながらも泣いていた。

 私は一緒に泣いた。

 そして、瞬間思った。

 私が、命あるものを贈ったばかりに
 
 母をこれまで苦しめてしまったんじゃないかと。

 電話口で大泣きした私に母は

 しきりに「ごめん、ごめん」といっていた。

 
 ・・・つい先日、友人をなくした。

 今も思い出しては泣いている。

 いのちはいつかなくなる。

 知ってはいても受け止められない。

 数々の思い出が、今、私や母を苦しめる。

 出会わなかったら、こんな苦しみは無かった。

 なのに、いつか優しい暖かい思い出に変わる。

 おばあちゃんのように。

 だから、出会って、良かったんだ。絶対。 

 母ちゃん、来週、行くよ。

 一緒に泣こう。
 


 


17、「スタジオ・リバージュ」


 19歳の時だった。

 「いいスタジオがある」と聞き、
 いつも使っていたスタジオから

 埼玉のみずほ台という駅にある
 スタジオに移った。

 広いスタジオ1つとレコーディング出来る部屋が一つ。

 ここが音楽スタジオだと認識できるのは
 スタジオの外までたむろする
 楽器を持った革ジャン姿のミュージシャンがいるからだ。

 当時、折りしもバンドブームで、
 どこのスタジオも予約が取れないほど混んでいた。

 そんな中、このスタジオは小さいだけに
 いつも満室だった。
 そして、このスタジオは小さいだけに
 皆、仲間だった。

 私達、新参者も、あっという間に
 スタジオ主催のオムニバステープ(テープですから!!)
 に参加する事になり、
 またスタジオ主催のライブに加わった。

 ライブといったって、コミュニティーセンターの大ホールを
 2日間も借り切って、1日10バンド位でやっていたのだ。

 ライブ前日の夜、皆で搬入作業を手伝って、
 会場作りをして、まるで学園祭の前夜祭の様だった。

 ライブが終われば、何十人で打ち上げ。
 
 その頃、音楽が大好きか?と問われたら
 答えに窮していたと思う。
 音楽を通して、遊んだり、仲間が出来る事が楽しかっただけかもしれない。

 なのに、ここにはおせっかいな大人がたくさんいて
 私の歌に勝手にアドバイスしてくるのだ。
 何となく「音楽」というものが奥深いものだと感じたのも
 多くの先輩たちの助言だった。

 私はここに通い、バンドを辞めても、個人練習は欠かさずにいた。
 この場所に来れば、誰かが居て、語り合えた。
 私の居場所はここだと思った。

 そう思う人々の集まりがスタジオリバージュだった。

 そして、フレディに出会ったのもここだった。
 
 私となかじー(SOVERYでもギターを弾いている)とフレディ3人で
 「ヘッズ」という、今で言う、パフォーマンス集団を作った。
 音楽をやるのではなく、
 スタジオでリハしているバンドさんの中に、3人でいきなり乗り込んで
 ひと騒ぎしてまた出て行く・・・という、
 何とも迷惑な、しかしこのスタジオがどれだけ身内が多かったことか。
 3人で似顔絵大会したり、替え歌作ったりして、活動は多岐に渡った。
 
 その「ヘッズ」には入団資格があり、

 「やりそうで、やらない人。」というものだ。

 私達3人はある意味それなりに評価されてきた。
 が、ここぞ!に弱いからなぁ。なんて3人で笑いあった。
 
 フレディが 「ったく、ヘッズはメンバーが増えもしなけりゃ、減りもしねぇ~」
 なんて言ってたのに。

 フレディーが死んじゃったから、減っちゃったじゃねーか。
 
 あたしがくだらない事で悩んでいても、「気にすんな~何か食え~」って。

 ラーメン大好きのフレディと大食いの私と社長で
 ラーメン屋のはしごしたね。
 帰り道、早速腹こわして迷惑かけた。

 同じボーカリストとして思い悩むとこが一緒だったから
 心のままに、話せて、嬉しかったよ。

 今日、あなたに会いに行き、
 春の嵐の中、ぽっかり虹が現れた。

 何だか泣けて泣けて仕方がない

 まだ事実だと思えないよ。

 
 スタジオリバージュの
 オムニバスカセットには

 「音楽をやるのはたやすい。しかし続けていくのは難しい」と
 英語で書かれていた。

 フレディーはウクレレの教室で生徒さんたちに教えていたときに倒れたと聞いた。
 フレディーはしっかり音楽をやり続けた。もうとっくにヘッズではない。

 そして、私は・・・。

 しばらく、思い出に浸って、泣くよ。
 寂しくて寂しくて、たまらないよ。
 
 
 

 

 


16、「写真の中の風景。」


 私達が、アルバムを開くのはどんな時だろう。

 私はここ何年も、いやそれ以上に見ていない。
 
 アルバムは実家にあり、2階の戸棚に入っている。
 その場所にあるのは知っていても、
 開くことはない。

 若い頃、家出同然で実家を離れる時、私はアルバムから
 1枚の写真を持ち出した。
 おばあちゃんとおじいちゃん、
 まだ若い母と幼い弟が写っている、私の七五三の写真だ。

 何故、それを持ち出したかといえば、
 これを見ていれば、そこに家族がいると、思えるから。
 頑張るって思えるような気がしたから。
 もしかしたら、寂しかったのかもしれない。

 アルバムに貼られた写真はどれも元気いっぱいの私が写っている。
 カメラを向けられた顔は笑顔で、「お前はカニか」と父が言うほど
 いつもピースしていた。

 写真は時間、季節、年代、そして気持ちまで写し出す。
 撮っている人の気持ちまで写し出す。

 写真は家族や友人たちとの歴史だ。
 家はまだ新しく、車も何台も変わった。
 飼っていた犬は、亡くなって、
 大切な人も去っていった。

 
 被災地で、たくさんの人々がアルバムを探す姿。

 記憶は儚い。

 笑って、家族が写る写真。
 たった1枚でも、残っていたら
 どんなに救われるだろう。

 1枚でも多く、その写真が見つかりますように。

 
 

 

 

 

15、「花を買う人。」


 昨日、TVのニュースで、被災地の花屋さんを取材していた。

 こんな時だから、花どころじゃないだろう、と思っていた花屋さんだったが
 営業を再開して欲しいという声に応えて、店を開けた。

 すると、たくさんのお客さんが花を買いに訪れた。
 その花々は、土葬された集団墓地にたむけられていた。

 このニュースを見た私は胸が熱くなった。

 人は、衣食住が満たされても、それだけで生きてるわけじゃない。
 自分がたくさんの物を失ったとしても、人を思う心を持っている。

 先日、私は誕生日で、花束をもらった。
 真っ白な「カサブランカ」という大好きなユリの花。

 私を祝福してくれた花も、
 冥福を祈る花も、
 思いは一緒だ。
 
 花を買う人。

 なんて美しい人だろう。 
 


 
 

14、「4月1日」


 4月1日、私は生まれた。

 母は私を「葉子」と名づけた。

 母の大好きな女優、司葉子と
 春で芽吹く時期という意味で付けた、と言っていた。(これは無理やり後付けと思われる)

 親から初めて貰うものに、命の次に、名前がある。
 私はこの名前をとても気に入っている。
 「ようこ」の響きはたくさん存在する。が
 「葉子」は少ない。
 そして何よりも、その字が大好きなのだ。

 今年は大変な年になってしまった。

 地震、津波、放射能。
 世の中が混乱し、私達の生活も随分変わった。

 正直誕生日の事など、つい最近まで忘れていた。
 日にちや曜日もあいまいだった。

 震災で命を亡くした人。
 家族を失った人。
 財産を全て失った人。
 
 今日、たくさんの友人から
 「誕生日おめでとう」とメールを貰った。
 本当に有難かったし、嬉しかった。

 外を見れば、ちゃんと春はやってきた。
 どんなに辛くても、苦しくても、春はやってきて、

 どんなに不真面目でも、どんなに自分勝手でも
 生かされる命もある。

 メールに込められたメッセージを見ながら
 私が、この世に今、存在している事を実感した。

 生きている事は誰かとつながっていることなんだと、
 今年ほど、思えた誕生日はなかった。
 

 


13、2週間。


 大震災から2週間が過ぎた。

 最近、電源をこまめに切る癖がついた。
 大好きな食パンが買えるようになった。
 近所の一人暮らしのおばちゃんに声をかけるようになった。
 
 この2週間、色々あった。
 
 近況報告をくれた友人。
 元気にまた歌って!と励ましてくれた友人。
 スーパーのレジで、卵を売っている店を教えてくれたおばちゃん。
 壊れてた自転車を修理した事。

 停電がある夜、
 のりまきを食べていて、やっと完治した歯が取れてしまった事。

 放射能汚染に振り回されて、
 結局、面倒になり、無理やり安全だと信じることにした事。

 でも、

 やっぱり、生きていることに感謝した事。

 これから生きていく子供たちに
 放射能の被害が無いこと、
 早く、被災地が復興できることを、ただ、ただ祈っています。


12、・・・


 あの日から、世の中は随分変わった。

 あの日以来、このページを眺めながら
 何を書いていいのか、分からなくなった。

 復興に向けてようやく動き始めた今、
 情報もより広く伝わるようになってきた。

 津波で流された町、崩れた家屋、家族を失った嘆き
 避難所で身を寄せ合う人々

 映像を見ながら、
 自分に置き換え、考えをめぐらせてみる。
 
 でも、心のどこかで
 まず自分の事を第一に考えている自分が居る。

 TVもバラエティなどを普通にやっている。
 面白映像を見ながら笑っている自分が居る。

 電車が予定通り動かない事、
 停電する事、
 物資が行き届かない事、
 
 不便な事に、不満を感じる自分が居る。

 頑張れ、と私達は言う。

 でも、失うことの怖さから、
 買い占め行為が止まない。

 「可愛そう」と涙を流し
 一方で、何時間も並びガソリンを入れる。

 昨日、ニュースで知った。
 障害者たちの現状。

 耳の聞こえない人は
 避難所の指示が分からない。

 目の見えない人から
 周りにだれも居なくなってしまった
 と自宅から電話があったと。

 こんな事を、聞かなければ
 想像も及ばなかった自分を恥じる。
 弱者はやっぱり弱者なのか。

 被災地の方々、ごめんなさい。
 
 今動ける人間が、物事を動かさなくてはならない
 って事は分かっています。
 
 ただ、このどうしようもない心の矛盾を
 一回吐き出したくて、こんな事を書きました。
 
 自分が想像力の乏しい、自分勝手な
 人間だと、自覚しないと
 
 むやみに「頑張れ」とは言えない気がして。


 
 


生きる    谷川俊太郎

生きているということ
いま生きているということ
それはのどがかわくということ
木もれ陽がまぶしいということ
ふっと或るメロディを思い出すということ
くしゃみをすること
あなたと手をつなぐこと

生きているということ
いま生きているということ
それはミニスカート
それはプラネタリウム
それはヨハン・シュトラウス
それはピカソ
それはアルプス
すべての美しいものに出会うということ
そして
かくされた悪を注意深くこばむこと

生きているということ
いま生きているということ
泣けるということ
笑えるということ
怒れるということ
自由ということ

生きているということ
いま生きているということ
いま遠くで犬が吠えるということ
いま地球が廻っているということ
いまどこかで産声があがるということ
いまどこかで兵士が傷つくということ
いまぶらんこがゆれているということ
いまいまが過ぎてゆくこと

生きているということ
いま生きているということ
鳥ははばたくということ
海はとどろくということ
かたつむりははうということ
人は愛するということ
あなたの手のぬくみ
いのちということ


↓追記

3月3日、ライブ当日、己哲のバースディプレゼントを平嶋さんに渡しました。
車で来た彼はお酒も飲めないから、安心して、まー坊にもメールしませんでした。

今日、まー坊からメールがきました。
「ごめんっっ、今日車に乗ったらプレゼントが置いてあって」

・・・HI・RA・SI・MAさ~ん
もう、いい加減にして下さい。

小出の永遠の天敵、HI・RA・SI・MA!!
こらァ~!!!

11、「3月9日」


 ・・・っていう曲があるね。

 うちらにも3月9日に贈った曲がある。

 平嶋家(Dr)に第一子、「己哲」が誕生した時、

 無職で金が無かった私が考えたプレゼント、曲のプレゼント。

 「はぴばす」は己哲のために作った。

 2人の夫婦の絆や考え方に感動した私は、すぐ言葉やメロディーが浮かんだ。

 そこに、どうしてもメンバーのコーラスを入れたいと思った私は

 あるリハの日にレコーダーを持ち込み、

 「新曲が出来たので男性コーラスを入れたい」などと言って
 
 その場で「ららら~」でいいから、と録った。

 その時、何も知らない平嶋は

 「お~し!やるか!しゃきなべいべー!!」などとはしゃぎ、ノリノリで

 私は笑いをこらえるのに必死だった。

 何回か練習していくうち、私が「いいね~!」とおだてるもんだから、

 皆、調子づき、いい感じで録れた。

 私の歌とそのコーラスを重ねて聞いた瞬間、

 鳥肌がたったよ。

 男性コーラス隊の、まるで笑顔が見えるような

 楽しい歌声。人の声って凄いね。あったかい。

 知らずに歌った平嶋パパの声。笑ったよ。

 ♪どうか幸せに
  たくさん笑顔を見せて

  泣いて、恋して、悩んで。
  君が生まれたから
  パパとママになれた。

  もうひとつの大切な誕生日♪

  

  ・・・己哲、もうすぐ誕生日だね。

 君の持ち込んだ風邪が平嶋にうつり、そして今、まー坊にうつったと聞いたよ。
 まぁ、風邪を治すには、うつすのが一番だ。

 元気に、またおお泣きしてくれ!
 

  

10、「SOVERYとは?」


 SOVERYとは昭和を生きた男と女の集まりである。

 音楽性も容姿も至って奇抜な訳ではなく、

 目立ちたがり屋はおらず、

 押し出しも弱い、

 ふんじいわく、野球に例えるなら

 「まず、先頭バッターがファーボールで出塁、すかさず盗塁、次のバッターが手堅く送りバント。
  
  そして、待ってましたとばかりに外野フライで1点。ノーヒットで点を取る」・・・バンドだそうな。

  もちろん、ピッチャーなら、打たせて捕るタイプ・・・。
 
 あまりにも的を射ていて、大爆笑したわ!

 そーいえば皆、人を押しのけていく人たちじゃないやね。

 ただ、皆、優しくおおらかで、器がデカイ。

 この人たちの中に居ると、大きな海の中にいるようです。

 お土産や、プレゼントを渡すと、すぐその場で封を切り、食べて、
 感想をいってくれるノギー。

 くだらんCMソングを「知ってる?」とばかりにへいちゃんの前で歌う、ふんじ。
 それをまた知ってて一緒に歌う平嶋。

 渡したお土産をいつも置き忘れて帰ってしまうへいちゃん。
 (それ以来、まー坊にメールでお土産を渡したから、と送っているのだ)

 皆、派手じゃなく、控えめなのだが、

 その自然体の集まりが、なんとも心地よく、

 地味ぃ~に、確実に1点を取ってくれる仲間なんだ。

 しかし、一言。

 この間のライブ映像みて思ったよ。

 君たち、かっこいいよ!!

 

 

9、「アナログ人間」


 SOVERYのHPに動画が載せられてからというもの、アクセス数が増えた。
 みなさん、ありがとう。
 そして松沢、ありがとな。

 HPをよしみつが奮闘して作ってくれて以来、
 私が出来たのは、このページを更新する事ぐらいだった。

 写真だって、型落ちの安っすーいケータイで撮ったものを
 えらい時間かけて、格闘しながら載せるという・・・。

 昨日、SOVERYのリハがあった。

 ベースのノギーが最近買った「iPhone4」で盛り上がった。

 練習中の音も、よく撮れるし、もちろん映像も。

 一番便利だったのが

 「こういうノリでやろう!」というアーティストをすぐユーチューブで検索し

 その場で皆が聞きながら確認できる。

 すげぇなあ。

 別にソフトバンクの回し者ではないが、アナログ人間の私は
 ただ羨ましがった。

 「お前、買え!」(平嶋)

 「いや~先月買い換えたばかりだからさ~」(小出)

 「ふんじ、そろそろ買い替えの時期だよ」(小出)

 「うーん・・・(関心なし)」(藤山)

 「買い換えたケータイ見してみ」(平嶋)

 「これ、3万6千円もしたんだよ~」(小出)

 「うわっ!ダセっっ!!」(平嶋)

 「・・・(KO・RO・SU!!)」(小出)

 「ドコモからでも、その、契約解除料金肩代わりしてくれるところもあるよ・・・」(小此木)

 「やっぱ、ふんじでしょ、時期的に」(小出)

 「うーん・・・(心動かず)」(藤山)


 ・・・これがSOVERYの人間関係です。

 
 しかしつくづく、動画や音をHPに載せることの重用さを感じた小出。
 皆に見てもらえるし、自分も色々反省できるし。

 ・・・そろそろこのHPもリニューアルしないとな。
 メンバーも変わったのに写真の消し方分からないし、
 BBSの巻頭のライブ告知、何年前のだよ!!
 消し方がわからん!!!

 誰かアナログ人間の私に指南してくれ!!

 
 

8、「SOVERYの新たなる戦略」


 ライブハウスでの増員に頭を抱えるSOVERY。

 そこで我々が考え出した戦略。

 その①

 「木原さんのお天気予報」に、平嶋家のご子息「己哲」をおとりにして
 ソラジローの格好をさせ、木原さんの目をひくよう差し向ける。

 案の定、食いついた木原さんが、うちわに書かれた「己哲」の名を呼ぶ。

 ・・・するとうちわは瞬時に裏返しになり「SOVERY次回のライブは3月3日新橋ZZ」などと
 書かれていて、まんまと全国放送となる。


 その②

 「あやかり作戦」

 いまや全国区となった「AKB48」

 これに乗らない手はないと考えたSOVERY。

 そして・・・うちにもあった!48!

 「平均は48」!!

 みんな結構歳いってるからね!いやいや使えるなぁ~みんな!

 「HKW48」ってことで。読みは平均はってよんでね!

 しかも曲まで!

 「アイタたったアイタたった・・・腰が」(藤山たかひろ・作詞)

 中高年に絶大に支持される。 


 こんな、頭のいたい問題を明るく考えるSOVERYって素敵。

 

 

   


 

7、「きっと何かに励まされてる」


 以前にもこのコラムで書いたように、

 私は「命名」するのが大好きだ。

 自分なりの名前を考えると一気に親近感が沸き、楽しくなってくる。

 近所の犬や、そこらの子供たち、通りの名称。

 
 去年の夏、私は新しく機械のオペレーターに任命された。
 (機械が大の苦手のこの私が!!)
 機械にトラブルが起きた時、迅速に対処して、再び動かさなければならない。

 トラブルは多岐にわたって、その都度、原因も対処の仕方も違う。

 工場長に怒鳴られ、焦るから、また失敗してしまう。

 エラー音が、しばらく家に帰っても鳴り止まなかった。

 そんな夏の朝、いつものように疲れ、うなだれて歩いていると

 一人の少年が三輪車に乗って、現われた。

 夏とはいえ、朝5時半だぞ。

 年の頃、3、4歳か?

 しかも、周りには誰もいないのだ。

 ふっと湧き出たように現われて

 「そこに虫がいるよ、ふんじゃだめだよ」と言うのだ。

 私は不思議な気持ちで

 「うん。わかった。じゃーねーばいばい」と通り過ぎると

 いつまでも「ばいばーい」「ばいばーい」といい続けるのだ。

 門を曲がって見えなくなっても、その声が聞こえてくる。

 私も答え続けた。

 その日、なんだかその瞬間から元気になった。

 早速、その子に名前をつけた。

 「蜜郎」。

 みつろうは、その後一切現れなくなった。

 毎朝見渡しても、現われなかった。

 それからしばらくして、会社でまたミスってしまい、

 どんよりとした気持ちで歩いていると・・・

 「蜜郎!」

 彼はきっと私を励ます天使だ。

 苦しい時に現われて、私を励ましてくれる。

 何だか急に暖かい気持ちになって、町が明るく見えた。

 きっと何かに励まされてる。

 蜜郎に別れを告げて、

 「奥さん」と「美子」と「ぐわんぐわん」を横目で確認し(小出が命名したものたち)

 私は足取りも軽く帰って行った。
  
 

6、「かっこいいぜ!!」


 サッカーアジアカップを見ていた。

 つくづく、チームプレーっていいなぁと思った。

 あたしはスポーツ大好きなのだが、何故か学生時代、文化部を選んでしまい
 
 チームで勝つ。という経験をしていない。

 だから、彼らの姿を、まぶしく、うらやましく思った。

 サッカー通ではない私も、

 過去、何回も、その代表チームを見てきた。

 ワールドカップ頃からの今のチームは、一味違う。
 
 「勝てるんじゃないか」と思えるチームだ。

 個々の技術も上がったんだろう。
 海外でもまれ、フィジカルが強くなったのだろう。
 詳しいことはよくわからんが、

 見ていて、楽しい。熱くなるのだ。
 
 一人ひとりががむしゃらにチームの為に走っていることが
 素人の私に伝わってくるのだ。

 もちろん勝負は勝ったほうが面白い。
 しかし、負けた試合でも、見ている者が満足できるのは
 何故なんだ?

 それは、泥臭い、人間臭さを見れた瞬間じゃないだろうか。

 サッカー選手というか、サッカー部の奴は昔からあまり好きでなかった。
 (ごめんね、ふんじ。PEEさん。)
 野球部は、丸刈りで根性一筋って感じだが
 サッカー部はやたら好い男がすかしているイメージがあった。
 
 しかし今回、彼らは泥臭く人間臭く、かっこよかった。
 本田が桜木花道に見えたぜ(スラムダンク参照)

 物事が大きく動く時って、
 同じ志を持った人間が集まる時じゃないだろうか。

 そして本気で信じる人間に、皆が感化された瞬間、
 それは成就するんだろう。

 彼らは皆同じ方向を見ていたと思う。
 「勝つ」って事を。

 私は、手に汗にぎり、見終わった後、

 「ありがとう」と思った。

 負けていたとしても

 「ありがとう」と思えただろう。


 翌日、新聞もニュースも、もちきりだった。

 皆、夢が見たいんだ。
 
 そう思ってまた嬉しくなった。


 

5、「気になる」


 私は好き嫌いが激しい。

 物、食、人、

 好きなものは飽きるほど好み、
 嫌いや苦手はことごとく拒否する。

 歳を重ねた今となっては、そこに頑固が加わった。

 自分でも良くない事だなぁ~と思っている。

 しかし最近、気づいた事がある。

 「好きと嫌いは紙一重」
 「イヤよイヤよも、いいのうち」(こりゃちょっと違うか!すけべじじぃの常套文句か!)

 好きも嫌いも、何か心にひっかかっているのは事実なのだ。

 すると、好きと嫌いの境界線ってすごく微妙なラインとなってくる。

 そんな事のほんの一例。

 私は雑貨が大好きで、よく行く店がある。

 そこで、ムーミンの「ご先祖様?!」という紹介で
 全身、毛むくじゃらのムーミンのぬいぐるみを発見した。

 「ありえない・・・」
 「気持ち悪~い」

 そう思って、行く度に、気持ち悪がっていた。

 しかし、ある日、またその「ご先祖様?!」の前に立ち
 いつものように文句を言っていたのだが

 手にとって眺めているうち、
 ・・・・可愛くなってしまったのだ!!
 
 そして、そのまま、レジに行って購入。(このサイズで決して安くはない)

 何故なんだ?
 嫌いだったじゃんか!

 家に連れて帰り、恒例の「名前付け」。

 さんざん考え、こいつにピッタリの名前が決まった。

 「森 スミス」。

 名前があまりにもはまってしまい、
 感情移入もしやすくなった。

 今ではスミスに癒され、
 世知辛い、このストリートジャングルのような(J-ROCKバンドの歌詞か!)
 乾いた生活のなかでオアシスのような存在になっている。

 そういえば以前、窓を開けていると、必ず入ってくる、
 小さな黒いクモがいた。

 虫嫌いの私は、怯え、ティッシュでやわらかく包み、逃がしていた。
 「また来た!」
 そんな、ある日、私は、常連のそいつに名前をつけた。

 「チャーリー」。

 すると、なんだか一気に親近感がわき、
 恐怖心もなくなった。

 どうやら思うに、

 「気になる」から好き嫌いは分かれていて、
 理解しよう、歩み寄ろうと思った瞬間は好きになるらしい。

 くだらない研究結果で申し訳ない・・・。
 中学生のとき、「どじょうの研究」で金賞を頂いた以来の
 研究だった。

 *「どじょうの研究」・・・
 夏休みの宿題で、研究中、誤って2階から落としてしまい、泥だらけになったどじょうが
 生きていた発見など、本当にくだらない、しかし、どじょうへの愛情が評価された研究である。

 これからは、あまり簡単に好き嫌いを決めてしまわず
 柔軟性のある頭で、物事を見つめていこう、と思う小出であった。

 

4、「らしく」


 実家の2階に、「らしく」という書が掲げてある。
 
 今は亡き祖父が書いたものである。

 幼い頃、私達兄弟は「うしく」だと読み間違えて、何の感慨もなく見ていた。

 祖父は農家だが、書物や絵がとても巧くて
 街の料理屋の床の間に、祖父の掛け軸は飾られていた。
 寅年に生まれた弟の為に
 寅の絵を送ってくれた。
 それは毛を一本一本、細筆で描いた大作だ。

 ある時は小学校の学芸会で「遠山の金さん」(古いっ!)の、桜吹雪の刺青の絵を
 シャツに描いて欲しい、と頼まれたそうだ。

 私は祖父の人生をあまりよく知らない。
 ただ、離れの部屋で、一人、静寂の中、絵を描いていた姿は覚えている。
 話しかけるのもはばかるほど、静かな時間だった。

 私達は、誰もが思う。
 「自分らしさ」ってなんだろうって。

 凄く秀でた才能も頭脳も運動神経も持たない自分にとって
 「らしさ」なんて分からない。

 ただ歌うようになってからは常に「らしさ」とは何か、と
 向かい続ける羽目になった。自分に問うているといってもいい。

 着る服、髪型、考え方、選び方、
 すべて自分らしさの結晶だ。

 この先どうやって生きていくか、
 
 なんだか、とりとめのない文章になってしまった。

 なんだか最近、思うんだ。
 すっごくあいまいなんだけど

 自分らしく生きたいって
 最近、凄く、思ってるんだ。


3、美しき伝染。


 寒いっすね。
 
 空気が乾燥してるとインフルエンザが流行する。
 
 しかし、どーよ!
 今の日本は!

 伊達直人が各地に多数出現している!!

 このニュースが始め流れたとき
 (クリスマスプレゼントです、と施設にランドセルが置いてあった)

 「爆弾じゃねーか!?」と思った私の、なんと濁った心・・・。

 連日、このニュースを本当に心温まる思いで見ている。

 人は共感出来る生き物なんだ。
 施設の子達が税金から出たお金でランドセルを貰うということに
 気づいて、ならば、匿名でプレゼントしてあげたい、と。

 すると、またそのニュースを見たものが、影響されていく。

 乾いて伝染するインフルエンザとは大違いだね!
  
 今回の事で思ったのは

 「知らない」って事は、自分の中に存在しないって事。
 
 施設の子供たちがどういう環境で生きてるかって知ったから
 感じて、考えて、行動できる。

 あたしの最も尊敬するマザー・テレサが
 「愛の反対語は無関心」と言った。

 私達はもっと広く世界を見て知ることが大切なんだ。
 無関心であってはいけないんだ。

 知れば、何かを感じ、考え、行動する。
 人は共感できる生き物なんだ。

 だから愛だって無限に伝染していけるはずなんだ。

 

 
 


2、一足遅いお正月。

 三が日はへとへとでした。
 年末年始だけの補強人員さんたちと蜂の巣をつついた騒ぎ。
 2日には、パソコンのシステムダウンにより
 復旧まで全員、1時間半も待機した。
 皆、ぶーぶー激怒!

 パソコンが復旧し、原因が報告された。
 「パソコンのコンセントが外れてました」

 「え~!?」
 「ふざけんな」
 「誰だよ外したの」
 「時間を返せ!」

 皆の怒号に混じりながら、
 私一人が青ざめて
 そのときパソコンに従事していたのは2人。
 その1人が・・・。

 「もしかして・・やっちゃったの、俺!?」

 しかし、そんな事、知るか!!
 新年早々、また伝説を作ってしまったかもしれない小出であった。

 結局残業し、翌日またパソコン業務。
 何のお咎めもないものの、
 みせしめの為にわざとやらせているのでは?
 疑惑は拭いきれない小出であった。
 ここは、そそくさと帰るほかなかった。

 なんやかんやで遂に、年末年始をやり遂げた小出。
 さあ!すべて忘れてお正月だ!
 まずは寝よう。
 その日は、爆睡。

 翌日昼ごろ目覚める。

 正月中、仕事をしながら

 「富士山、初詣、温泉」とつぶやいていた私の計画始動。
 よく行く温泉宿はいつも空いてて格安。
 そこでいいや、とたかをくくっていたら「満室です」
 
 ふざけんな!もうお正月気分でもないだろー!(自分はさておき) 

 パソコンで「格安温泉旅館」を探すも満室の嵐。
 しばし格闘の後、ひょっこり現れた「伊豆長岡 南山荘」。
 素泊まりだけど、もう面倒になっていた私は即決。
 すぐに支度して家を出た。

 現地到着5時半。

 すげぇ~!!
 古い、安い、雰囲気ありの旅館だぜ!
 建築は明治!造りが渋い!当時は相当モダンな建物だったはず。
 川端康成が一人、ここで執筆してたかと思うと感慨きわまりないっす!
 温泉に何回も入り、やっと一息。
 静かです。本当に静かです。

 「長岡の冬はぁ~何もない、冬ですぅ~」(襟裳岬にちなみ)

 翌日、箱根神社へ。
 その途中駅前のホテルの「歓迎」の看板には
 早稲田大学様、東洋大学様、の文字が!!!
 箱根駅伝の2大校が、ここに泊まっていたのですね!!感激です・・。

 まったく、地方の神社は赴きがある。
 ついつい雰囲気に乗せられてしまう。
 
 私は開放感からか、書いたこともない絵馬や
 買ったことのない熊手まで購入してしまった!!
 (今年に賭ける意気込みを感じて下さい)

 さて、仕上げの富士山。
 雪をたくさん頂いた山を見れば誰もが有難い気持ちになります。
 かっこいい形してるよな、つくづく。

 何度も何度も眺めては、心に誓った今年の目標をつぶやきました。

 行き当たりばったりにしては、本当にいいお正月でした。

 心に残った事、それは「時間」。
 あわただしく生きている私たちにとって、
 人生はあっという間。
 でも、かしいだ階段や漆喰の壁は
 歴史として残っていく。
 100年後の現代人が感動すると、当時の棟梁は想像しただろうか。
 神社も変わらず、人の願いを受け止めてきた。
 富士山はこの先の人間にもやっぱり大志を抱かせるだろう。

 ほんの一瞬でも、そんな時間を持てた今回の旅は
 私の一足遅いお正月。

 
 


1、明けましておめでとうございます。

 本年もよろしくお願いいたします。

 派遣アルバイトといえ、年末年始は、やはり出勤する者は少ない。
 亭主子供が休みだってのに、働く妻は少ない。
 不況だといえ、正月ぐらいは休もうよ。

 そう思っていた私が甘かった。

 100人位居る職場だから、私1人位は休んだって・・・。
 そう思いシフトを休みにしておいたのだが、
 
 上司に追いかけられ、巧いこと乗せられ、断りきれず
 出勤する羽目になった。
 
 仕事量と人数の関係でいつもより1時間早く仕事が始まる。

 朝5時半に家を出る。

 朝じゃないよ!夜だよ!
 
 月と星が煌々と輝き、街灯がついている。
 人っ子1人居ない道を歩いていると、
 元日だっていう気がしない。
 まるで悪い夢を見ているようだ。

 いつもあたしが通ると決まって吠える犬さえも寝てやがる!
 
 電車はガラガラ。

 電車を降りた頃、夜が明けた。
 初日の出なんて何年ぶりだ?

 送迎バスが来るまで、たばこ屋の前で喫煙していると
 やはり会社の喫煙仲間がやってきた。
 皆、よれよれな感じ。
 
 会社につけば、ふてくされて目が赤くなった同僚たちが
 無言で仕事をはじめる。

 

 ・・・こんな正月を私は過ごしている。

 1年の計は元旦にあり。

 来年は絶対、人並みな正月を送ってやると誓った小出であった。

 そして私はもう寝ます。ただいま夜9時です。
 頭が朦朧としてきました。

 


15、2010.12.31

 今年もあと数時間。

 本当に、このHPを見てくださった皆様、ありがとうございました。

 弟が教えてくれたように、このHPが全く更新されていない時も、

 覗いてくださっていたんですね。

 本当にごめんなさい。そしてありがとう。

 この事実が、今年最高の驚きでもありました。

 これからもSOVERYをよろしく。

 そして、あなたにとってよい1年が訪れますように。
  
 
 もし、時間があったら、外を見て。空。凄い星だよ。
 素敵な1年がやってきそうな予感がするよ。

 

 

 

 


 

14、今年1年を漢字一文字にすると?


 「痛」だな。

 どうも、ご無沙汰。約、半年振りの登場。

 しばし怖くてこの自分のHPを見ることが出来なかった。
 
 それは、給食で残したパンをロッカーに入れたまま放置して
 恐ろしくて扉を開けられない心境に似ている!

 私はこの1年、「痛かった」。

 メンバーとの別れ。新しい職場で責任の重圧に苦しみ、健康だけが取り柄の私が遂に体調を崩した。何かのはずみで歯が欠けて、ストレスで口の周りの吹き出物がいくつも出来た。
 
 いつも不安だった。

 しかし、ある時から、この流れを断ち切ろう!と思い立ち、自分にかせを負わせた。

 1.運動をする!
 2.病院に行く!
 3.歯医者に行く!

 ・・・どれも、皆さまにしてみれば、そう大げさな事ではないだろうにと失笑されてしまうだろうけど、
 どれもこれも痛いし怖いし、苦しいよ~。

 見た目は意地悪顔の小出も、超、弱虫なんだから!!

 そして実際やってみた。

 ・・・病院は待ってる間に失神するかと思うぐらい緊張し、結果を待つ2週間は生きた心地がしなかった。 しかし、おかげさまで、健康と安心を取り戻した。

 ・・・運動は、一番苦手な、大嫌いなランニングを選択した。学生時代からマラソンなどを歩いていた私にとって、2分も走れないだろうと思っていたが、やったら結構走れる!新発見!!おかげさまで、毎年10月頃から電気毛布がないと眠れなかった私が、今現在、NO電気毛布、である。

 ・・・歯医者は、歌うたいの私が、歯がないとやばいと思い立ち、断腸の思いで行ったのだが、
思いもよらず優しい人たちで、一時期、会社で苦しんでいた頃には「歯医者さんに行けば優しくしてもらえる・・・」などと思うほど、心のよりどころになっていた(笑)。実際、痛いは痛いのだが、一瞬だ。
心の痛みがどんなに、人に長く深く痛み続けさせるかと、つくづく思ったものだ。

 ようやく、小出は元気を取り戻してきた。やっぱ取り柄はあったほうがいい。

 来年?そろそろ潜伏期間も終えて、新しいステージに立つぞ。

 さて、最後に、このページの復活を信じ、見続けて下さった皆様、SOVERYのライブに来てくださった皆様、対バンして下さった皆様、ライブハウスの皆様方、そして愛すべきメンバー、今年もありがとうございました。

 来年もとことん、迷惑かけるよ~!!

 ではメリークリスマス!!


 


13,ご無沙汰!!


 いやいやまったくもってご無沙汰しました!

 派遣の仕事が6月から、早朝からの出勤に変更になり、
 大量に人が辞めてしまった。

 残っている人と、新人とで、いつ終わるか分からない仕事に、
 ひっちゃかめっちゃかになって、連日疲れまくっていたのであった。

 新人さんは毎日やってくる。が、続かない。

 残っている、多少仕事の分かる人間が、殺気立って
 「仕事がトロい」だの「使えねぇ」などと言うからだ。

 私のように多少仕事が分かってきても、使えない人間は、
 そんな彼女等を気の毒に思う。

 今日、新人の子が、昼休み、喫煙所で一人、座り込んでいた。
 
 私は、幼少の頃から食べるのが物凄く早い。
 小学生の頃から男子より早く食べ終わり、校庭で遊んでいた位だ。

 そんな私が今日も一番に食べ終え、喫煙所に行くと
 明らかに新人で、明らかにご飯を食べていない人が座って居たのだ。

 一応「お疲れ様~」と声をかけ、私はタバコを吸っていた。

 すると「あの、あたし今日から働いているんですけど、仕事が遅いって、話し声が聞こえて
 あたしのことじゃないかって気になっちゃって・・・」と話し出した。
 
 歳は20代かなぁ。

 まず私は「ご飯食べた?」と聞いた。・・・やっぱ食べてない。
 一応、大人として、初めての人間が最初から早く出来るわけない、
 そんな事いう奴はほっとけ、などと通りいっぺんのなぐさめ方しか出来なかった。

 誰もが、こんな事を思い、辛くなるもんだ。
 
 でも、そこから先は自分次第だ。
 
 お金の為と割り切ってやるもよし。
 文句言った奴を仕事で見返すもよし。
 さっさと自分にあった仕事へ転職するもよし。

 私はこの単純作業ですら、まともに出来ない人間だ。
 一応、やる気はあるのだが、1つ教わると1つ失ってしまい、
 
 ダンボールはひっくり返すわ、同じ失敗を何度も繰り返すわ、
 話し声がでかいと注意され、
 気を利かしたつもりが余計なお世話で・・・
 本当に無用な人間なのだ。
 
 そんな事で随分当初は落ち込んだものだ。

 しかし!!
 
 そんな私にSOVERYの相棒、ふんじは言ってくれたのだ!
 
 「小出葉子、ここに在り!」って事でいいじゃん。と。

 そうだ!落ち込んでいる皆、
 頑張って、いっぱい失敗したっていいじゃんか!!

 今まで誰もやらなかったようなくだらない失敗を
 伝説にしよう!!

 そう思ってから、あたしは随分楽になったよ。

 頑張れ!新人!明日、待ってるよ!

12、音色。


 音楽番組を見なくなってもう久しい。

 面白くないのだ。

 もちろん、知らないだけで、
 いい楽曲や詩や歌があるのだろう。

 が、CMやラジオから流れてくる音楽に
 心奪われる事がめったにない。

 働いている工場で若い子達が
 代わる代わるCDをかけているのだが
 私には誰の歌かさっぱり分からないし
 何を歌っているのかも分からない。
 
 そんなある日、「1980年代の音楽」的な
 オムニバスがかかった。

 すると工場は一気にざわめき出した。

 かなり年齢のいった人たちまでもが
 「懐かしい」
 「この曲知ってる!」
 と話し始めたのだ。

 私といつも一緒に作業している年下の彼女が、
 「この時代って、アイドルとおじさんおばさんが一緒に
 歌番組に出てたよね」
 と面白い事を言い出した。

 そう。この時代は「いい音楽」ならば、どの世代の歌手も
 歌番組に出ていた。

 だから、アイドルの歌に聞き入っていた自分も、
 同時におじさんおばさんの歌う「いい音楽」も聞いていた。
 
 そして彼女は「昔の歌手って力はいってるよね~」と言った。

 そう。普通の人は歌手ではなかった。

 アイドルって言ったって、一流の作詞、作曲家が作った曲だし、
 おじさんおばさんに至っては、何しろ「音色」が違う。

 私の音楽の聴き方は、「音色」だ。
 歌う人の声が好きか嫌いか、で決まる。

 どんないい曲と思っても、声が好きでないと
 何となく魅力が半減してしまう。

 上手いとか、上手くないとか、
 強いとか、弱いとかじゃない。

 前に、アイドルに曲を提供していたユーミンが
 「松田聖子ちゃんは鉛筆で言うなら2Bで、
  原田知世ちゃんは4H」
 と、言っていた。
 素晴らしい捉え方だと思う。
 
 その人の声の持つ力を引き出す楽曲、
 そんな事まで考え作り出された音楽がしょぼいはずはない。

 昔の音楽に、しばし手を休め、笑っていた、工場のおばさん達。(もちろん私も!)
 歌う側の世代も、聞く側の世代も、もろともしない。
 そしていつまでも忘れられず残っていく。
 「いい音楽」が存在した、いい時代だったのだ。

11、迷っている自分。


 誕生日を過ぎて数日後、別れがあった。

 数年間、私を支えてくれた友人と、違う道を歩むことになった。

 そんな彼の存在は大きすぎて、私は支えを失ったかのように傷心した。


 ある日、いつものスーパーの前にテントが張ってあった。
 よく見ると「手相占い」と書いてある。

 夜で人気もないその場所に私は吸い込まれるように入って行った。

 「何を知りたいですか」と言われ、
 「特に無いです」と言った失礼な私に対し、彼女は

 「では今現在のあなたを見てみましょう」と言い、
 私は両手を差し出した。

 「手相が悲鳴をあげてます」と開口一番に言われ、
 あなたは長いこと何かをやってきた人ですが、
 今、大変疲れ、迷っています。だから
 その事から少し離れ、休んでください。

 実際、私はものすごく疲れていた。
 
 だいたい占いに来る奴は、何かに迷い不安を抱いてる人間だ。
 言われた事だって、たいていの人間に当てはまる内容なのだ。

 そんな事わかっていながら占ってもらう私は
 意地悪な気持ちになっていた。
 自分がどのような事に悩んでいるか、
 自分自身の事もなるべく話さないでいた。

 でも彼女は意外なことを言い出した。

 「あなたは今ひどく落ち込んでいるようですが、
 実はものすごくユーモアのある方だと手相は言ってます。
 それを長く続けてきたことに活かしてみたらどうでしょう。
 もちろん、少し休んだ後にね。」

 占いなんて、と言ってしまえばそれまでだが、
 統計学でもある。
 そして何より、自分が何にこだわっているのかを
 自分自身が確認する事が一番大きな事なんだ。

 帰り道、ユーモアかぁ、とつぶやきながら、
 何だか少し心が軽くなってる自分に気がついた。

 ・・・実はそんなテントは最初から無かったのかもしれない、
 なんて思ってしまう夜だった。

10、誕生日。


 4月1日、私は生まれた。

 昨日、誕生日ライブをやらせてもらった。
 
 私は歌うことが大好きだ。
 
 小学生の頃、授業中に鼻歌を歌っている、と
 先生に何度も注意された。
  
 中学生の頃、休み時間に歌謡曲を大声で歌っていた。
 男子に「お前、歌がうまいとでも思ってんのか」と
 言われたが、平気だった。

 高校生の頃、バンドを組んだ。
 文化祭、満員になった講堂で歌った。

 社会人になった頃、雑誌のメンバー募集で
 まったく知らない人達とオリジナルバンドを作った。

 バンドはいくつもやっては止めた。
 バンドをやってなかった時期も
 音楽スタジオに通い、
 歌うことは続けた。

 私の人生の中で、唯一、続いているのは
 歌うことだ。

 私は、世に出ていない。

 ただのアマチュアだ。
 
 「まだやってんの?」
 と昔の友は笑う。

 「25才以上は無理でしょ」とレコード会社の人は言った。

 でも堂々という。言ってやる。
 
 こんな私はかっこいい。


⑨手紙。


 姪っ子の華(はな)はもうすぐ小学生。

 何かプレゼントしようと考えた。

 弟が「じゃー、筆箱がいいかな」と言うので、
 独断と偏見で、ディズニーのミニーマウスがどどーん!と描かれた
 真っ赤な筆箱を選んだ。

 それと、前から思っていた「文通」をしようと、
 切手とレターセットを送った。

 もちろん彼女の近況を知りたいと思うのも事実だが、
 文字を書くことを楽しんでほしいと思ったからだ。

 しかし、そんな上から目線で送った手紙を、
 「いつ届くかな」と毎日ポストを覗く自分に
 思わず笑ってしまった。
 なんだかんだいっても人は誰かと繋がって居たいんだ。

 そして今日、ポストに手紙が入っていた。

 驚きと嬉しさで、すぐ封を開けた。
 筆箱のお礼と手紙をまた書くね。という
 短い文だった。

 しかし、鉛筆で書かれたその文字は
 消しゴムで消して、書き直された跡が残っている。

 彼女の思いを感じて、胸が熱くなった。

 ひらがなだけで書かれたその文字が
 いつかカタカナや漢字を使い出すその頃まで、
 友達でいてくれよ!!

 手紙ってあったかい。
 
 何を書こうか考える。
 文字にする。
 切手を貼る。
 ポストに入れる。

 そして、待つ。

 携帯のメールを批判する気は毛頭ない。

 でも、このタイムラグは最高の贈り物だ。
 
 それを教えてくれたのは、

 まだまだちっちゃい子供の華だった。

⑧ゆらぎ。


 いつだったか若い頃、サーファー達と海に行った。
 
 サーフィンをやらない私の為に、
 友人はブギボード(簡単に言うとビート板のデカイやつ)を貸してくれた。

 初めてブギボードを手にした私は、
 皆がやってるように波を待った。

 何度チャレンジしても波に追い越されてしまう。

 しかし、思いがけず飛び出した1回。

 まるで波の上を滑っていくような速さで、浜辺まで運ばれていった。

 何という快感!!初めて味わった感覚だった。

 休みの前日の夜中に車を飛ばし、1日海で過ごす彼らの気持ちが少し分かった気がした。
 実際、時間が惜しくて、千葉に引っ越した友人もいた。

 

 私は長いこと音楽をやっている。
 
 「音楽」にもこれと同じ感覚がある。
 それは「グルーブ」というものだ。

 しかし私はそれを感じたことがなかった。

 私の周りにいる、先輩(笑)達が、
 「だから音楽はやめられない」という感覚が
 私には分からなかった。

 だけど、この間のライブでSOVERYのメンバーが
 私に教えてくれた。

 歌いながら、気がついたら私は、私を離れて、高いところで自分を見ている、
 そんな感覚に陥った。
 頭は冷静でさえまくっている。
 
 浜辺まで運んでくれる波に、ただ乗っかっていればいいという
 幸せな気持ちを味わうことが出来た。

 簡単なことではないらしい。
 そう、毎回毎回味わえるものではないという。

 何人かの人間のタイミングがピッタリ合う。
 小節とか、楽譜では、表現できない感覚だ。

 この1回を味わったからには、
 「偶然」なんかじゃなく、皆とまた目指していける。
 その瞬間を、このメンバーと共有できた事がめちゃくちゃ嬉しかった。
 
 心は熱く、頭は冷静に。オリンピックの選手が言ってた。

 でもそんな力ずくじゃない感覚の中に「ゆらぎ」は存在するのかもしれない。

⑦卒業の季節。


 大人になっても、この季節が来ると何だか胸がきゅんとする。

 人や、環境から離れる、別れの記憶が残ってるんだと思う。

 高校の卒業式、校歌を歌いながら、私は声を出して泣いた。
 この歳で、泣く奴なんかいない。
 驚いて振り返った友人たちは、笑った。
 でも私の両隣にいた2人は、つられて泣き出した。

 私は同じ中学からの友人が1人もいなかった。
 私の中学から、この学校に入った者がいなかった。
 だから「一緒にごはん食べようよ」と誘ってもらった時
 本当に嬉しかった。

 それからは、もう楽しい事ばかりだった。
 バンドを組んで、歌ったり、学校帰りに
 喫茶店にたむろしたり、学校行事は思い切り楽しんだ。

 そして卒業の日、明日からもう会えないと思ったとたん、
 寂しさが込み上げてきた。
 
 出会いと別れは、いくつになっても訪れる。
 なのに学生時代の「卒業」は、特別だ。
 多感な世代特有の感情なのだろうか。

 親の庇護の元、たいした苦労も不安もなく、
 ただ楽しむ事だけ考えていたあの頃、
 人と本気でぶつかり合って、
 泣いたり笑ったり出来るのも、学生時代なのだ。

 もうすぐ、姪っ子が小学生になる。

 ちっちゃな人間関係の中で、人との係わり合いを学んでいく。
 そして別れを経験する。
 
 何だか思っただけで胸が熱くなる。


⑥魅入られる。


 ある写真家が、場所は忘れたが、外国の雪山の、夜明けの姿を撮っていた。

 雪山を朝日が照らす姿を撮りたくて、何日も何日もその「瞬間」を待っていた。
 
 その「瞬間」は遂にやってきた。

 でも、その美しさと、妖しさと、畏怖さえ感じて、ただ呆然と佇んで、
 薄紫の空気に包まれて、シャッターを押すことが出来なかった。

 でも、彼はその感動を忘れていない。
 同じ「瞬間」はもう訪れないと知っていても、
 彼は待ち続ける。

 私の大好きな話だ。

 大自然に比べ、人間はあまりにも小さい。
 比較にはならないだろうが、
 今、オリンピックを見ながら、
 私達を魅了する人々に、敬意を感じる。
 4年に1度。
 たったその「瞬間」の為に、
 自分自身を超える人々の強さに、魅入られてしまうんだ。

⑤新米の味。


 母は物事を曖昧にしない。
 身内はもちろん、友人にさえ、白黒はっきりと物を言う。

 それは時折、いざこざになってしまう。
 
 私たち姉弟が故郷と思っている母の実家も
 随分前から、母の筋の通った発言が元で疎遠になってしまった。

 その家にはもう、いとこの「兄ちゃん」一家が継いでいる。
 母は甥である「兄ちゃん」ともやらかしてしまい、
 長いこと、胸を痛めていた。

 実家でありながら、立ち寄らず、お墓参りだけして帰る母を
 何だか可哀想に思っていた。

 が、ここ数ヶ月にその関係は急変した。

 「兄ちゃん」が新米を持って、母に会いに来たのだ。

 「兄ちゃん」はお米を作っている。
 広い広い農地をたった1人で耕している。
 その大事に育てた新米を持って、「おばちゃん、長いことごめんな」と
 謝りに来たのだ。

 母は、私たちと同じように彼を叱り、心配してきた。
 だから嫌われもした。

 母から電話があり「お米貰ったから、取りにおいで」と
 言われ、そのいきさつを聞き、
 ここ十何年かの、わだかまりが解けた事に私は心から安堵した。

 母は改めて「兄ちゃん」にお礼の電話をし、私たち姉弟にも
 電話口でお礼を言わせた。久々に彼の声を聞いた。

 人間は関係が深くなるほどややこしくなる。
 愛と憎しみは紙一重だ。
 でも、また、つながり合えるって、なんて素晴らしい事だろう。
 一回、切れた糸も、またつながることがあるんだね。

 「兄ちゃん」はそれ以来、母にちょくちょく電話をしてくるようになった。
 
 母は、まるで息子がもう1人増えたかのように、私にその報告をする。
 
 分けて貰ったお米を今日、食べた。

 幼い頃を思い出した。私の故郷。

 日が暮れるまで走り回った何にも無いあぜ道。
 おばあちゃんたち、大家族で食べたご飯。
 
 皆、笑いあって楽しかった頃。
 
 また、つながったんだ。
 「兄ちゃん」に会いに、あの場所に会いに行きたい。
 
 あったかくて、優しい気持ちで、私はこのお米を噛み締めた。

④憧れの人。


私は今の会社に憧れの人がいる。

前にも書いたが、老若含め100人位の女の集団だ。
その中に、年の頃、50代半ばのおばさんがいる。

この世代のおばさんは、ゴマンといるのだが、
私の憧れのおばさんは、そんな中で精彩を放っている。

背は低く小柄で、肩まで伸ばした白髪混じりの髪は
ボリュームがあって若々しい。
メガネは渋い色の赤で凄く似合ってる。

顔立ちがまたいいのよ。ワルそうで。
きりっとしてるの。
もちろん、歳だし、肌はシワとかあるよ。
でも、着てくる服はいつもおしゃれ。
あたしなんか工場だからどうでもいいやって格好してるんだけど、
彼女は明るい色の服装に黒の網あげ靴で、
また、いいジーパンはいてるのよ。
この間なんか、ガイコツのTシャツだぜ!!かっこいい~!!
これがまた似合うんだ。

たぶん、かたぎじゃねぇなぁ。

その人は他社の会社なので話をしたことがないのだが
彼女のそばにはいつも若い性格のよさそうな(笑)女の子が居る。

唯一、彼女と一緒になれるのが3時の休憩時間。
彼女もタバコを吸うので、喫煙所で会うのだ。

低い声で、皆と冗談言いながら笑っている声が聞こえてくる。

私は、彼女を見て「こんなおばさんになりたい」と思った。

原色の服も、ジーパンの似合うスタイルも、
若い子達が寄ってくる明るさも、ユーモアさも。

格好だけならこんなに、惹かれる事はないだろう。
雰囲気があるのだ。なんともいい雰囲気が。

かっこいい大人は結構いる。
たぶん、生き方なんだろうな。

彼女が休みだと何だか寂しい。
「今日はどんな服を着てくるんだろう」
なんて思いながら、広い工場を目で探す。
まさに恋だな!!

・・・そろそろ勇気をだして、休憩時間に
話しかけてみようと思う。

③冬の朝。

寒いっすね。
冬も苦手な小出。休日は一日中、炬燵の中で生きている。

しかし寒いといっても仕事の日の小出は違う。
私はこうみえて早起きだ。

高校時代も朝5時には起きていた。
もちろんそんなに早く起きる必要はない。

だが、朝バタバタするのが大嫌いなのだ。
朝こそ、ゆっくり過ごしたいのだ。

朝、早く起きて、ゆっくりとコーヒーを飲みながら、
見たいビデオや本を読む。
静かで、誰も居なくて、最高の一人の時間だ。

そんなスタイルは今でも続いている。

なかでも、冬の朝は特別だ。
まだ暗く、寒い。

でもその後にある極上の時間のため、起きるのをためらう事はない。
すぐ飛び起きる。

そしてゆっくり家を出て、まだ明けきらない道に出る。
誰も歩いていない。
耳が切れるような寒さ。
白い息を吐きながら、坂を登る。

すると、空が一気に開けてくる。
空気が澄んでいる今は、ものすごく綺麗だ。
月も星も見えている。

そんな中少しずつ日が昇る。
この季節ほど、太陽をありがたく思うことは無い。
金色やオレンジや桃色に光る雲。
美しすぎる~!!

冬は寒い。日中は辛いだけだが
この朝の風景だけは、絶品なのだ!

②稲生座。


 稲生座に行く度に、なんだか故郷に帰ってきた気がする。

 そんなに長い間、ライブに出ていた訳じゃない。
 ただ、私にとってこのお店は、特別なのだ。

 SOVERYを始めて、2人でただがむしゃらにやっていた
 あの頃、この店の今は亡きマスターと、えみちゃんに
 たくさんのエールをもらった。

 バンドになって1年ほど足遠くなりご無沙汰していたが
 またここで演奏できる事になった。

 ここに居ると暖かい気持ちになれる。
 
 ライブの前日、えみちゃんからメールを貰った。
 「歌が大好き!って葉子ちゃんが見れたらいいな」と。
 (う~泣きそう)

 当日、暖かいお客さんたちの手拍子を受けながら、
 歌ってて良かったって本当に思った。

 小さなステージには、沢山のミュージシャンの夢や希望が刻まれている。
 本当に大好きな場所。稲生座。

①新年明けましておめでとうございます。


 本年もよろしくお願い申し上げます。

 
 今年は、久々、何年ぶりかで、「お正月気分」を味あわせてもらった。

 BBSにも書いたけど、元旦に春日夫妻からお招きを受け、
 手作り正月料理で昼間から日本酒!(もちろん私だけは、ビールのみ→後が怖い)
 
 結局朝帰りとなり、モーニングコーヒーをよしみつに淹れてもらって(!)
朝9時頃、お暇した。

 まだ静かな街を歩きながら、本当にいいお正月だったなぁ、なんて
 駅のホームの鏡をふと見たら・・・

 「すっぴん」!!(いつ、化粧おとしたんだぁ??)

 髪の毛もボサボサ!(っていつもの事か)

 車内には着飾り、きれいにお化粧したお嬢さん達が!!

 もうダルダルな私は眉毛もないまま、新宿に降り立ち、
 ラーメン屋に入って、餃子まで食らい、その後、きれいどころが集まるデパートに紛れ込み
 勢いで「福袋」まで買ってしまった。

 これが今年のお正月。いいだろー!!

55、スローライフは何処へ。


 年の瀬ですねぇ。

 いつからだったろう。世の中が24時間、365日動き出したのは。
 かくいう私も派遣のアルバイターなので、年末年始も働く。
 
 子供の頃、お正月といえば、どこもお店は休み。本当に静かだった。
 親はそれに備え、前々から準備していた。

 今は、別に買いだめすることもない。
 物は常に補給され、提供されている。困ることはない。

 それもこれも、24時間、365日体制になったからだ。

 おかげで便利になった事は確かだ。

 だけど、なんだか寂しくもある。
 休みが皆、違うので家族や友人たちと一緒に過ごすのが困難になった。

 何もやることがなく、退屈なお正月を家族で過ごしたあの頃が何だか懐かしい。

 幼い弟が冬休みの宿題の「書初め」用の書道セットを学校に忘れ、
 始業式の前日の夜、叱られながら、それでも、母はたまたま家にあった棒状の墨をすって、
 指で、半紙に文字を書いてあげていた。

 今なら、何処でもいつでも買うことはできる。

 でも便利は、想像力や工夫する事を鈍らせてしまう気がする。

 何もない・・そんな時間に何を探し、楽しむ事が出来るか。
 もう一度、あんなお正月を過ごせたらなあ。
  

 皆さん、どうかよい年末年始を!ゆっくり過ごしてね!


54、今年も頑張った皆へ。


今年もあとわずか。

たくさんの人と語り合った。
そんな人たちの言葉や考え方が私に勇気を与えてくれた。

子供を生んだ人。
会社と戦って自分らしさを追求しようとする人。
いい音を探して研究した人。
新しい音楽のスタイルを見つけた人。
止めていた事をまたやり始めた人。

どの人も、悩み苦しんで答えを出した人たちばかりだ。

人って凄いね。強いね。

だから私から「あんたはエライ!!」
皆、よく頑張った!
私をとりまく友人たち!ありがとう!
来年も私に、たくさんの人生を見せてくれ。

53、SOVERYは「和」が好き。

 
 日本人っつうだけで、誰もが和風に親しみを感じる。

 私も、着物や、かんざし、ちりめんの小物を見たりするとときめく。

 「日本的」な物って、品があって、作りも精巧。やっぱ民族性っすかね。
 「粋」って感覚持ってるのもいいじゃない。

 うちのメンバーは皆、昭和の人間なんで、特にその色を感じる。

 ふんじ。 ああ見えて結構和風。和柄の小物なども好む。
      刀が大好きで、なりたかった職業「お侍さん」

 ひらし。 和太鼓もたしなむ。メンバーから「レゲェから相撲まで」
      と言われている。
      (相撲の小太鼓のカンカカン♪なんてうまいよ~)
      好きな場所「日光江戸村」なりたかった職業「忍者」
 
 よしみつ。見るからに和風でしょう。
      着物着て座布団の上で高座やってて、何の違和感もありません。

 ノギー。 ああ見えて結構和風パートⅡ。
      勝負パンツが「ふんどし」。気が引き締まります!だそうな。

 ※これはすべて事実です。

  前にライブであたしが浴衣着た時、
  「何だ~言ってくれよ~。俺も浴衣持ってきたのに」って。あなた浴衣でドラム叩くんですかい?
  でも、皆、着物が似合うキャラと雰囲気持ってるよ。
  いつかライブでお見せできたら・・・がはは!

52、クリスマス。


 クリスマスプレゼントで、いまだに残っているものってある?

 あたしはあるよ。

 小学生の時に買ってもらった「ドナルドダック」のぬいぐるみ。
 もうくたくたで汚れてしまって、セーラー服もなくなっちゃったし、
 帽子も取れてしまって、家庭科「2」の私が作り直した!!
 でも、かわいさはかわんないんだよなぁ。
 
 母に連れられ、高島屋のおもちゃ売り場で見つけたんだ。
 
 その頃まだディズニーランドなんて無かったしさ、
 そんな量産されてなかったと思う。
 でも、すごくよく出来ていて、表情が生き生きしてて
 今にもしゃべりだしそうだった。

 値段をみて、高かったので言い出せなかったけど
 私の「欲しい!」は親には伝わるらしく、買ってくれた。

 それからはいつも一緒に遊んで、いつも一緒に寝た。
 かわいくて仕方なかった。

 あれからどれだけ経ったんだ?

 母は見る度に「真っ黒!」と言うのだが
 私には「真っ白」にしか見えない。何故なんだ?

 この世の中で、大事にされて残っていくものってどれだけあるだろう。

 すぐ飽きて捨てられてしまう物ばかりだ。

 欲しいと思った物がいつまでも、大事に残っていったらいい。

 もうすぐクリスマス。
 プレゼントを選ぶ、ちっちゃい子供たちが、
 ずっと大好きでいられる「何か」に出会えますように。

 よいクリスマスを!

51、「自分だったら」


 今話題のWカップ予選、フランスとアイルランド戦での
 「ハンド」問題。結局ハンドしてからのゴールが決勝点になり、フランスがWカップ出場を決めた。

 これって酷よねぇ。

 あたしはサッカーあんまり詳しくないけど無類のサッカー好きのふんじから、
 「アンリは図太くないから、引きずるだろうな・・・」と。
 サッカーに限らず、チームでやるスポーツに反則はつき物。
 見えない所で妨害しまくってる。ある意味、格闘技だよね。

 ハンドなんて、見てると意図としてやってると言うよりか、条件反射に近いじゃん?
 審判だって、全部はみれないしさ、やっちまった本人だって、
 審判に言われなければ、スルーするでしょ。

 でも、でも、Wカップの出場が決まるか決まらないかの大勝負だからねぇ。

 そもそも、審判のジャッジが絶対なわけでしょ。

 ふんじいわく「自己申告のスポーツじゃないから」。
 ですよね・・・。

 審判に「ハンドしました」と言わなかった事も取りざたされているアンリ。
 言うか?あたしなら言わないよ!皆はどう?
 だったら審判の威厳とか存在価値どうなるの?
 
 これまたふんじのコメント。
 「相撲の行司が懐に脇差し(小刀)をさしてるじゃん。ジャッジって、重いものなんだよ。」
 そうだよね、行司は間違えたら切腹!の覚悟でやってんだよね。
 今回の審判の方もやいのやいの言われ、本当にお気の毒ですわ。

 TVで、あのプロテニスプレイヤー、フェデラーがいい事言ってた。
 「公正なジャッジが行われないと言う事は、そのシステム自体に問題がある」と。
 全くその通りだ!フェデラー!あんまり好きじゃなかったがこのコメントで見直したぜ!
 テニスにはあるもんね。「チャレンジ」と言う制度が。

 ここまで世論を騒がせ、特にWカップなど、殺人事件まで発展するスポーツには、
 制度改革したほうがいいんじゃないか。

 選手だって、審判だって、気持ちよくプレーしたいよねー。

 でも今回の事で、
 「もし、自分だったら」と考えた人がたくさんいると思う。
 どうか、アンリ、審判さん、苦しまないで下さい。
 だいたいの人があなたと同じ事を思い、行動すると思うよ。

50、1年ぶりの再会。


 小雨降る、寒~い日でした。

 が、もう1年も会ってないまー坊(平嶋秀亘の奥様)と、己哲に会いに出かけて行った。

 私にとってまー坊は、知り合いの奥さん、などという感覚は全くなく、友である。
 だから、へいちゃんには言わなくても、まー坊には話せる事がある。
 彼女と私は「こだわる」所が似ていて、初めて話をした時、似すぎていて大ウケした。
 その後、私は彼女に色んな事を話すようになった。

 己哲が生まれてから、もう半年以上も経つのに、なかなか会いにいけず、
 意を決して出かける事にした。

 ドアを開けた瞬間、あの懐かしい顔と、その腕には己哲が。
 「久しぶり~!」
 全然変わってなかったよ。見た目も、雰囲気も。
 1年も会わなかったとは思えない。昨日の続きみたいな感じだ。
 ただ、そこに己哲という新しい家族が増えたのだ。

 己哲は人見知りする時期だそうだが、たくさん笑顔をみせてくれた。
 
 だけど私とまー坊が話し出すと、(僕をかまって!)と言わんばかりに
 ぐずり出す。
 そうするとまー坊は抱っこしてあやしながら私の話を聞いてくれる。
 相変わらず、昔から同じ事を悩んでいる私と、
 己哲を抱いて、昔の様に話を聞いてくれるまー坊とは今では大きな開きがある。

 まー坊は母になり、もう自分自身がどーのこーのと言っていられない責任を負った。
 私はその姿を少しまぶしく、少し寂しく思いながら、へいちゃんが帰って来ないうち帰った(笑)
 
 しかし、まー坊、子供はすぐにデカくなる!「うるせぇな~」などと言い出す!
 その時はまた、何軒もはしごしながら飲もうな!!
 ってゆーか、来年の夏、あの思い出の海に己哲を連れて、私達は行く約束をした。

49、類は友を呼ぶ。


 女子刑務所のような仕事場にもようやく慣れてきた。

 仕事をこなすだけの頃から比べ、気の合いそうな人間を見つける事が楽しい。
 だいたい100人位居るわけだが、仕事上、2人組みになってやる作業があるので
 その日、誰と組むかは毎回違ってくる。

 この工場は4社の会社が入っていて、お互い仲が悪い。
 同じ会社同士で固まって作業し、他の会社を批判する。
 最初、面接を受けに行った時、
 「違う会社の人達ともうまくやっていけないと続きませんよ」と釘を刺された。

 しかし、類は友を呼ぶ。

 今日、休み時間に他の会社の人達が話ししてるのが聞こえてきた。
 「ねぇー知らない?男たちの挽歌って映画に出てた、死んじゃった奴」
 ・・・私はその映画を知っていた。しかもかなり好きな香港任侠映画だ。
 耳を傾けていたが、答えが出ず悶々としている一団に、私はたまりかねて、
 「あのー今話ししていた彼ですが、レスリー・チャンです」

 ・・・いきなり話に加わってきた他社の知らない女に、最初は戸惑っていた一団だったが、
 「そーそー!!レスリー・チャン!!」
 後は普通に香港任侠映画の話に花が咲いた。

 そういえば、以前働いていたレンタルビデオ屋の元ヤンのおばさんと、凄く仲良くなった
 きっかけが、同じ映画を好きだったからだった。

 人間って共通点が見つかると、あっという間に距離が縮まる。
 それは何気ない会話から始まる。
 自分が選びそうな服。自分が好きな髪型。なんかこの人とは気が合いそう。
 そう思ったら何だか話してみたくなる。

 なんだかんだ言って、人は人が好きなんだ。

48、デジカメを買った。


 超アナログ人間の小出が遂にデジカメを買った。
 しかし使い方がよくわからん。

 そもそも私は取説を読むのが嫌いで、電気製品を過去何度もボタンやらスイッチを乱打しては壊してきた。
 今回も行き当たりばったりでメンバーを撮ってみた。
 でもデジカメっていいよね。すぐ撮った写真見れるしさ。
 「写るんです」とかの使い捨てカメラで撮った写真なんか、あたしの巨大化した指しか写ってねーの! ほんとセンスないわ。
 しかし撮ったはいいがHPに載せられない!!

 よしみつにメールしてやり方を聞いたのだが、
 その日ヤンキースの松井がMVPの快挙で野球好きのよしみつは祝杯をあげていたらしく
 翌日「よくわからないんだ・・・」とのメールが。
 本人も偶然的に(笑)写真を載せられたようだ。

 大嫌いな取説を読むしかなくなり、やっとこさBBSに載せることが出来た。
 やっぱ読まなきゃだめですね。

 写真はブレブレ!でもこれからもガンガン載せるよ!

47、なぬぅ~タバコ増税だと~!?


 喫煙されない方々に対して何の文句もありませんっ。
 そのままお吸いにならない方が良策だと思います。

 金はかかるは、ヒンシュクは買うわで、何とも肩身が狭い昨今、
 吸う場所もなく、今や罰金まで取られてしまう・・・。

 確かにマナーを守らないと、とても危険な代物だ。

 が!!

 こんだけ税金払って(1箱120円)、しかも国は、常習性があるのを承知で!売ったんだろー!!
 どうしてくれるんだ!!
 とは言っても、吸わない選択もあったよ。実際そんな方々がいらっしゃるわけだし。

 しかしやり方が汚いぞ。
 非核三原則にもあるだろ。あったら使っちゃうんだよ。
 だから「持ち込ませない」。
 なければ「吸えない」。
 
 ヤミや密造までして吸う気はねーよ!

 これだけ一般化するほど広告したりしといて、今更「健康の為にも増税はいい」だと?
 
 あーなんかむかつく。

 さて、じゃー何でタバコを吸うかって?
 1つ、うまい。
 2つ、次の作業のつなぎとして。
 3つ、はくをつける。(ガキかっ)
 4つ、健康のバロメーター(体調が悪いとまずい)
 ・・・たいした理由はなかった。つまり止められないのだ。

 はっきり言っていい事は何もない。他の事で充分、代用できる。
 でも、無駄な事に金を使える精神が私は好きだ。
 きっと凄く頭のいい人なら、すごく納得のいく回答があるのだろうが、
 私にはタバコの良さを語れる頭も言葉もないのが残念だ。

 ※しかしこのブログは喫煙を勧めるものではありません。
  あなたの健康の為に吸いすぎに注意しましょう。

46、KISS&CRY


 フィギアを見ていた。真央ちゃんが苦戦している。

 何だか痛いほど想いが伝わる。自分自身と葛藤してる姿。
 誰でも経験あるよね、全てが空回りしちゃう時。

 自分の不甲斐なさに腹が立って悔しくて。
 普段簡単に出来る事が出来ない歯がゆさ。

 あーでも、怒りに満ちたその顔、なかなかいいよ!
 あたしは好きだな。人っぽくて。

 プロだから、どんな時も笑っていなくちゃいけない?
 人に魅せるからには?

 もちろん見てくれた人々に感謝の気持ちは大切だけど、
 いいじゃん。
 こんなはずじゃない、と笑顔が出せない時もあるよ。
 こっちだってお愛想の笑顔なんか見たくもねーし。
 
 頑張ってる人に挫折はあるんだ!
 この苦しみから抜け出す時がきっと来る!
 渾身の演技で、心から笑った顔を見せてくれ。
 どーだ!!ははは!やっぱあたしって天才!ってね。
 
 最強と呼ばれていた真央ちゃんよりも、
 弱さが見える今の顔はセクシーだぞ!

 頑張れ真央ちゃん。

45、念。


 大人になり、変に物分りが良くなったのだろうか。最近「念」が弱い。
 子供の頃の私はものすごく念が強かった。

 ある時、小鳥が欲しくて、近所のペットショップに行った。
 そこで見つけた黄色のセキセイインコは、まだ子供で目が赤く、とても可愛かった。
 絶対この子がいい!と思った私は、値段を見て困った。
 1200円。財布には1000円しかなかった。子供だから銀行でおろして、なんて事はできない。
 1ヶ月分のお小遣いだった。
 私はどうしても欲しかった。
 一応、店のおじさんに「この小鳥いくらですか」と聞いてもやはり「1200円」としか返ってこない。
 私は独り言のように「あー1000円しかないなぁ」とつぶやいてみた。
 しかしおじさんの反応はゼロ。
 私は別におじさんに抗議するわけではなかったが、財布を握り締めその場でじっとうつむいていた。
 「どうするべきか」と考えていたのだが、おじさんはいきなり「あー、もー、じゃーいいよ、1000円で」
 と、1000円にしてくれたのだ!!

 ある時、CDショップで大好きだったアーティストの新譜を買った。
 するとレジに、そのアーティストのパネルが飾ってあった。
 どうしても欲しくなり「あのーそのパネル、欲しいんですけど」と直球で言ってみた。
 すると店員さんが「これは予約して下さった方の特典なんで・・・」と断られた。
 が、私は引き下がらず、「どうしてもダメですか?」
 しつこい私の攻撃に、困った店員は店長を呼び出した。
 「予約してない私が悪いとは思いますが、どうしても欲しいんです」
 ・・・結局、店長さんは飾ってあるパネルを私にくれた。

 ある時、家のTVが壊れて近所の電気屋に家族で行った。
 TVを買ったあと、そこに巨大なマドンナ(あのマドンナよ)のポスターが貼ってあるのを発見した。
 どうしても欲しくなった私は「あのーこれください」と言った。が「これは売り物じゃないから」と
 すげなく断られた。それもそうだ。新商品の広告として貼ってあるポスターだもん。
 しかもその店はガラス張りで、色んな商品のポスターを貼って店をレイアウトしている。
 しかし私は食い下がった。だめですか?本当に?やっぱり無理?
 母はそんな私を叱った。が結局、そのポスターは今も家にある。

 今振り返ると、これは念ではなく、単なるタチの悪いクレーマーだ。
 こんな客は嫌だ。それが子供の頃の私だった。

44、宮崎アニメ


 先日ライブの打ち上げで何となく「宮崎アニメの何が好き?」と問うた所、面白い結果となった。

 へいちゃん、ノギーが「風の谷のナウシカ」。うーん納得。
 ふんじが「天空の城ラピュタ」。あーいいよねー。
 小出は「魔女の宅急便」。

 おーい!よく聞け!こっからが凄い!

 よしみつ・・・「となりのトトロ」!!!!!!!
 もぅ~。参った!完敗です。春日さん。あなたは最高!!
 東京散策をしながら、下町の路地裏あたりで、ピュアなあなたには見えるはず!
 まっくろくろすけ!!
 
 皆のキャラがそのまんま答えになってるところが素敵。
 皆はどれが好き?

43、おばあちゃん。


 毎年この時期になると、胸がきゅーんとなる。
 10月9日、おばあちゃんは他界した。もう20年以上も前の事だ。

 私の家は水商売をしていたので、生まれた当時からしばらく母の実家に預けられていた。
 おばあちゃんと母もまた葛藤があり、赤ん坊の私が親子のかすがいになっていた。

 おばあちゃんは私を溺愛してくれた。
 厳しい母より、おばあちゃんを大好きになるのは子供心には当然だった。

 未だに私の中に、あの田舎の生活が息づいている。春夏秋冬、季節ごとに表情を変える自然の風景。
 私の原点は、おばあちゃん家で思いっきり遊んだあの頃にある。


 ・・・中学3年のある日、担任から「おばあさんが入院なさったという連絡が入ったから、帰るように。」と聞かされ、私は驚きと恐ろしさで、真っ白になった。
 母はそんな私を気づかって学校には授業が終わってから帰すように、とあまり慌てさせないように伝えたそうだ。
 しかし私は、中学に入りめっきり会わなくなったおばあちゃんを思い、駆け足で帰った。
 母は落ち着いて支度をしなさいといい、車の中で「階段から落ちて入院してるけど命に別状はない」と話してくれた。
 元気に仕事しているおばあちゃんしか知らない私が、病院で親戚の人たちに見守られ、呼吸器をつけて眠っている姿を見た時、涙がでた。
 
 程なくしておばあちゃんが目を覚まし「来てくれたんかい」と普通にしゃべりだした。
 あー良かった、そう思った時、いきなりかけ布団をめくって「ここに入らっせ」と言った。ここで一緒に寝ようという事らしい。
 私はためらった。そうしてあげたいのに恥ずかしかった。親戚の人たちも驚いて「何言ってんだよ、葉子ちゃんは中学生だよ」と笑った。
 母が「明日は学校だから、帰りな」というので母を残し、仕方なく帰る事にした。おばあちゃん、明日また絶対くるからね、と約束して。
 
 帰り道、雨が強く降り出した。車の中で「ねーおばあちゃん絶対死なないよね?」と言うと父は「大丈夫だ」と言ってくれた。

 翌明け方。4時半ごろだった。家の電話が鳴り響いた。その音でおばあちゃんが亡くなった事を確信した。

 父は静かに受話器を置いて「おばあちゃん亡くなった。今から行こう」と言った。

 私は呆然としながら、でも実感がなかった。家の雨戸を開けた。昨日の雨が嘘のように晴れ渡っていた。
 そこにキンモクセイの優しい香りが流れてきて、思わず胸が詰まった。

 それから後の事はもうあまり覚えていない。ただ顔がはれ上がるくらい泣いた事だけ覚えている。

 おばあちゃんは私にとってかけがいのない人だった。私がこの世で一番好きな人だった。
 私のすること、すべて許してくれた。
 
 しわくちゃの顔で笑った顔、働きづめで節くれだった指、髪にさしていたべっ甲の髪留め。
 養命酒がいいと聞かされ、寝る前に顔をしかめて飲んでいた姿。二人で裏庭になすをもぎに行ってまだ小ぶりなのばかり取って笑われた事。
 都会の子だからといって、農家では食べないハンバーグを真っ黒に焼いて出してくれた事。寒がりで電気毛布を入れた布団でいつも一緒に寝て、暑くて布団をはがしてしまうと「葉子ちゃんは寝相がいいんだにー」と笑っていた事。

 今でも忘れてない。そして、亡くなって何十年たっても、未だにおばあちゃんが私を見守ってくれているのがわかる。
 私が望むこと、叶えてくれてるのおばあちゃんだよね?

 今日、あの雨の帰り道の日だ。さっきたばこが切れて買いに行った。
 台風一過で、ものすごく空が澄んでいた。
 そしてやっぱり、キンモクセイの香りがした。

 おばあちゃん、私は年齢的には随分大人になりました。
 けどやっぱりわがままで甘えん坊だと思う。
 でも、あたしの周りにはいつも私を支えてくれる人たちがいます。
 だから幸せです。あなたが育ててくれた葉子は幸せ者です。

42、歌うたいは風邪ひくな!


 いやいや、久々に風邪ひいた。それも一週間以上も保菌状態で、薬漬け。薬びん2つ空けちゃったよ。

 歌う人なんで、風邪はご法度。神経質と言われる位、うがい手洗い、鼻うがい、のどを冷やさないようにと気づかっているのに。
 ここ何年か、風邪でバンドのリハーサルも休んだことのない私が遂に・・。すげーショックだった。
 うっ!風邪ひいた!と感じたのがライブの3日前。ががーん!!!!!
 その日薬を飲んで早めに就寝。しかし翌日体がだるくのどが痛い。このままではライブが最悪になってしまう~。
 よたよたの体で仕事に行った。今日仕事に行けないと、ライブは出来ないと信じ、無理やり行った。
 栄養ドリンクと薬の併用で、何とか乗り切った。バンドのリハーサルを断腸の思いで休んで、寝ることにした。
 
 思うように歌えないかも・・という不安は、ものすごく私を苦しめた。せっかく皆の士気が上がっている今、自分が水をさす事は出来ない。
 あたしだって、セコイ歌なんか聞かせたくないしさ。本当にライブ当日まで怖かった。私の守り神、おばあちゃんにも拝み倒した。「ライブの日、ちゃんと声がでますように」って。
 
 果たして・・・ライブ当日の朝。のどは全く痛くなかった。体もだるくない。若干鼻声だが、たいした事じゃない。(よしみついわく、普段から鼻声っぽいそうな!)
 何より、タバコがうまい!!(むしろタバコをやめろという意見多し!)
 あー!おばあちゃんありがとう!!
 
 歌うたいは風邪ひくな!

 こんな辛く不安な日々はもう二度と味わいたくない。皆も体大事にしてね。しつこいよ、今の風邪。
 やっぱ、元気じゃないと楽しめないよ。何するんでも。 


41、TVに映った小出。


 私の仕事先の工場にTV取材が入るという通達が先々週あった。
 女だけで100人はいる、恐ろしく殺伐とした職場だ。
 普通なら「あのぉ~、後ろ失礼します~」というシチュエーションがここでは黙って背中を押されてしまう。
 埼玉的に言うならば、おっぺされてしまうような環境なのだ。

 やれ派閥だ、かわいこぶってるだ、とくだらん話で、ささやき合うならともかく、「ざけんじゃねーよ!」と怒号も飛び交う。
 入った当初は女子刑務所かと思っちまったぜ!
 いくらか慣れたとはいえ、まだまだ新米の小出が昨日のO.Aで後ろ姿だが映っていたらしい。
 今日、仕事場に行くと「映ってた!映ってた!」と何人からも言われた。100人居る中、よく俺の後姿と分かったな?本物か?
 
 こんな事でTVなんか映りたくねーよ!工場で働く、やる気のない女!
 しかしフジテレビだと!仲良しのおばちゃんが「あたし、録画したから持ってきてあげるっ」て・・・。
 俺はSOVERYで、TVに出てーんだよ!!!頼むよ!ひとつ!

 得てして、こんなもんだ。

 しかし待ってろよ!!狙うは紅白だ!!!!

40、生き様は目に見える!

 敬愛するグラニット・ハウスにまたコーラスとして誘って頂き、昨日ライブだった。
 今回は時間の制約もあり、カバーバンドということもあったが、やはりグラニット・ハウスはグラニット・ハウスだった!
 どんな音楽をやっていても、そこには堂々として揺るがない根っこがある。
 リハーサルで、客席から彼らを見ていて、この人たちの持つ「雰囲気」を私が壊さないように、とただそれだけを思った。
 生き様って見えるね。見えちゃうもんなんだね。彼らと共有できた時間を私は大切に、糧にしなくちゃならない。
 凄いバンドだもん。
 
 明日はSOVERYのライブだ。新曲もやる。見に来てくれ!

39、ご無沙汰!!


 いったい何回PCを壊し、再インストールすればいいんだ!やっぱ俺のせいか!
 皆さんにはご迷惑をおかけ申し訳ございません。

 さて、よしみつの尽力により、BBCが出来ました。見た?ハマナスの花って!!しぶすぎるわ!
 これからまた皆さんとなおいっそうお近づきになれるのを、楽しみにしています。

★今日、9月11日はSOVERYの日だよ!★


38、四葉のクローバー


 新装開店のお店と知らず、レジで会計を済ませたら「オープン記念で、四葉のクローバーの育成キットをプレゼントしてます」と言われ頂いた。
 四葉のクローバーと言えば、めったにお目にかかれないハッピーな代物のはず。今のバイオテクノロジーはそんな事も可能にしたのか?!
 しかし只で貰えるもんが大好きな私は大喜びした。家で箱を開けると、厚手のビニールにばってんの切り込みが入っていて、ちょうど街で配っているティッシュみたいな入れ物に水を入れろと書いてある。中身がよく見えないがゴロゴロとした種みたいなのが見える。
 ためしに水をあげて2日目。まだ、何の音沙汰もないけどわくわくする。
 私が初めて1人暮らしを始めた日をふと思い出した。何もない部屋に寝転がって、話す人もいない、不安だらけの時に、私は楓の小さな鉢を買った。花ではなく、小さな木。すぐに枯れてしまう花ではなく、ずーっといられる楓の木。
 生き物が在る、というだけで何だか心が落ち着いた。会話も、大きな変化ももたらすことのない草花も、息をして、水を飲む。「小森」という名前をつけた。小森は秋になり、一丁前に紅葉した。
 四葉のクローバーは静かに生きている。いつか芽をだす日がくる。別に三つ葉でもいいからな!気にすんな!堂々と出て来い!
 生き物が在るって何だか楽しい。早く名前を付けてあげようと思う。


37、水の中。


 姪っ子の華(はな)は来年小学生。水が苦手でプールに行ったことがない、と言うので、2人で行く事にした。
 私は、水が大好き。今だに市営プールに行ったりする。泳ぐ事も楽しいけど、プールが好きなのは「水の中はきれいだから」
 いつから、どうやって泳げるようになったのか覚えていないけど、幼い頃近くのプールに連れて行ってもらって、プールの中から見た太陽がゆらゆら、きらきらしていた光景をはっきりと覚えている。なんてきれいなんだろうと思った。夏休み中の学校のプールは毎回行った。ある時、雨が降っていて、上級生の男の子と私しか来ていなかった。水温が低いのか先生はためらっていたけれど、私たち2人の為に「入っていいよ」と言ってくれた。広いプールを貸し切り状態で遊んだ。
 私は華に、水を好きになって欲しいと思った。水の中は不思議な空間だ。息は出来ないし、体が浮く。静かで、冷たくて、美しい。
 水を怖がる彼女がどういう反応をするか心配だったけど、プール大好きの私のテンションにつられてか、はしゃぎだし、浮き輪とビート板で、何往復も進んでいた。まだ顔に水がかかるのが嫌で水の中を見てはいない。でも、水の感触をとても楽しんでいた。
 水が怖いのは当然の反応だ。息が出来ないのは怖い。そうした意識がないと、過信してしまう。今はちょっとでも楽しいと思ってくれたらいい。
 そしていつか、水の中で目を開けて、見て欲しい。水の中の美しい世界を。もうすぐだ!華!


36、民主党政権誕生。


 圧勝でしたな。民主党は民意を真摯に受け止めて頑張って下さい。以上。

 しかしさぁ、選挙演説。引き込まれるような演説する奴、少なくなったよねぇ。土下座とかしてる奴とかみると、違うんじゃねぇ?と思う。もちろん当選しなくちゃ、政治はできないけどさ、拝み倒してまでなるってもんかな。そいつの信念とか主義主張を聞きたいわけじゃん。パフォーマンスってある程度必要とは思うけど、薄っぺらな奴がパフォーマンスばかりしてるのに腹が立つ。お前ら政治家だろ!プロだろ!しっかりやってくれ!
 もちろん、今や悪者の自民党の中にも官僚の中にも、賢い上に本物の政治家はいる。全く居ないわけじゃないのが唯一の救いだ。しかしその優れた人たちは得てして政治力がない・・。だけどあなたたちのような良心がないと世の中はぶっ潰れる。どうか頑張って下さい。政治は自分の為にやるのではなく、国民の為にあるものなんだから。


◆SOVERYニュース◆

①今秋から、ダンディ中村、サックスの中村ヒロシさんが復帰してくれます!ますます楽しくなりまーす!
②よしみつのギターアンプの真空管は今、巷では売っていないレア物!四谷アウトブレイクの木下氏(TONSOFSOBS・奏の名ギターリスト!)のご厚意により譲り受けた。ライブ前にセッティングしたかったよしみつは、木下氏と朝の10時に!喫茶店で待ち合わせしたとの事。想像しただけで怪しすぎる!2人は飲み屋のほうがふさわしい!!
③またまたよしみつ。髪を切ったよしみつは更にジャニーズのなんとかの(グループ名がわからん)いのっちに似てきた!女子に好評!
④ノギー語録「ふとももが細い女は嫌い!ふとももは太いからふとももでしょ」そばにいた女子に拍手喝采を受けていた!
⑤ノギーのバンドABO(アボ)のボーカル、DO君はノギーの父に似ている。しかし最近、ノギーから「DO君と葉子ちゃん、顔が似てる」と言われた。という事は、ノギー父に私は似ている!!
⑥パパ平嶋も髪を切った!若くなった。今年もミスタースリムカンパニーの舞台で叩きます!飴が大好きな男なので飴を持って見に来てね!
⑦ふんじも髪を少し切った。今年もSOVERYの中で一番黒い!さすがガテン系。ただいまノギーバンドでもキーボードを弾いている。ライブの際は、「ありんこ!」と叫ぼう!


35、面倒がらずにやってみた。


 残暑お見舞い申し上げます。夏も後半戦だねぇ。

 この夏小出は、「面倒がらずにやってみる夏」という目標を立てていた。
 まず、パスポート。そして調子に乗って住基カードBタイプと、タスポまで作った!おかげ様で1年半ぶりぐらいで、自販機でたばこを買った!きゃ~感動!
 そんで長い事歌っているけど初めて浴衣でステージに立った。
 私のような面倒くさがりは中々思い立っても動かない。よほどの意思がないと。
 だけど、何だかグダグダしてる自分が嫌になって、やってみる事にした。結局すべてはやる気だね。思いが強ければその様に行動する。目標があいまいだとやっぱり動けないんだ。
 自分を好きになれない時ってあるじゃない?そんな時は自分が奮い立たせるしかないよね。なんでもいい、きっかけをまず作り出すこと。そして自分の行動を妨げている真の要因をちゃんと見つめる事。これは私自身に言っているんだけどね。
 こんな小さな事だけど、カレンダーにいくつも達成した事柄が並ぶと嬉しいもんだよ。 
 さて次なる目標。やせる・・・。夏は食欲が減るどころか、食べ過ぎてしまう・・・。最近は体重計を目にする事も怖い・・・。しかし小出はやれる!はずだ・・。その気になれば・・・。


34、意味があったな、修学旅行。


 修学旅行は長崎だった。アホ高校とはいえ私立なので1週間の旅行だった。
 卒業してからもう、相当経っているのに、8月9日になると、思い出す。
 長崎は原爆被爆地だ。だから出発前から授業でたくさんの原爆に関する勉強をした。しかし何分実感もわかず、若い私たちは旅行そのものにはしゃいでいた。
 ポッピンというガラス細工やカステラ。ざぼんという大きな柑橘系の果物。長崎ちゃんぽんにオランダ坂。海と山と教会。街には市電が走っており、時折、教会の鐘の音がする。
 長崎は隠れキリシタンの聖地という一面もあり、お土産屋にはキリストやマリア、バテレンなどの人形も多くある。
 私たちは教会をいくつも見学し、何故か皆、信心もないのに雰囲気にのまれてマリア像を買っていた。
 最大の目的地であった原爆資料館へ向かうバスの中では、そんな異国情緒あふれる街並みに楽しくなっていた私たちだったが、その建物に入った瞬間、恐ろしい現実を目にした。
 数多く残されているケロイド状にやけどした写真や、遠く離れた場所で見つかった原形を留めない遺品。何度も目をそむけたくなった。頭のやや足りない私たちだが、誰もが言葉を無くし、会館を出るころには、目を赤くしていた。
 こんなひどい事が起こっていたのか・・・。その思いだけが強烈に残った。
 原爆の唯一の被爆国である日本。その1人として、その事に真摯に向かいあえてよかったと思っている。今こうやって生きていられるのも、そんな方々の犠牲の上に成り立っている。もちろん原爆だけじゃない。数多くの兵士やその遺族がいまだに苦しんでおられる。
 戦争を嫌う心しか、戦争を防げないかもしれない。
 生きている私たちが言い続けなくちゃならない。事実を知り、考えなくちゃならない。戦争はだめだぞ!って。

 原爆資料館を後に走り出したバスから、石碑を見た。それは聖ヨハネパウロ2世の言葉だった。「長崎は悲劇と栄光の街」。私は今でも、はっきりと覚えている。


33、小出の大冒険。


 もう何年も前に、パスポートの期限が切れていた。
 なのにここ最近になって急に、パスポートを取りたくなった。パスポートの事が連日頭をかすめた。別に海外に行く予定もないのに何故だろう。
 こんなに気になるんだから、何かあるんだろう。面倒くさがり屋の私は決起した。
 まず第一の関門。戸籍抄本の獲得。我が家の本籍は品川なので、地図で場所を調べた。そしたら、品川駅ではなく、下神明駅。ってどこだよ!電車で動くしかないから、一番近いその駅に向かって行くことにした。
 私は母に似てめちゃくちゃ方向音痴である。ライブが代官山であった時も、渋谷からたったひと駅だっていうのに、何故か電車が止まらず(各駅に乗ればいいんですよね!)渋谷―中目黒を何往復もした。駅員さんに聞くのだが、先にきた電車に乗ってしまう・・・。
 高校の入試の日も、上りと下りを間違えて乗ってしまい大慌てした。母親に「何で?」といわれた時、「だって駅員さんの向きが違っていたから」と意味不明な事をいい驚かせた。
 さて、その下神明駅に向かうため、駅で乗り換えの仕方を聞こうと駅員さんに話かけた。そしたら運悪く、昼間から酎ハイを片手に酔っ払ったおじさんが暇つぶしで駅員さんにからんでいた。酔っ払いのおじさんは、話し相手が増えたとばかりに私に話しかけ、むげにもできず、駅員さんと酔っ払いと私で、何やかんやでやたら時間をくってしまった。最後に酔っ払いに大声で「行ってらっしゃいませ!」と敬礼されて見送られ(笑)まず大崎までむかった。
 大崎から、りんかい線に乗って・・そしたらまたまた運悪く、出発直前の電車が来ていた。出発直前の電車に本能的に走って乗ってしまう私は、案の定、違う電車に乗っていた。が~ん!「次はぁ~西大井~」うへぇ~またやっちまたぁ。次の駅で降りて、また元に戻ることに・・・。
 もう夕方の4時半を過ぎていた。区役所は5時までか?あせる私をよそに「ただ今電車が遅れておりまーす」というアナウンスが!おいおい埼玉くんだりからやってきて、間に合わなかったどうすんだよ。
 元に戻って、また出発直前君が!!駅員さんに聞いて「だめです、この電車では止まりません」と言われなければ、また違った場所に行っていた。
 たったひと駅で今度は東急大井町線。あたし、こんな事でもなければ知らなかったよ、こんな路線。やっとのことで到着!
 駅降りて、「品川区役所への案内図」を見たが、さっぱりわからん。現在地さえわからん。時間が迫っている。何となく歩き出し、新聞屋のお兄さんを発見。場所を教えてもらい猛ダッシュ。区役所にたどりついたのは5時10分前!!やったぜ!間に合った!
 大汗かいて、誰にでも簡単に出来ることが、えらく大袈裟になってしまう小出の大冒険は終わった!はぁ~疲れた。


32、久々にCDを借りた。


 CMでジミ・ヘンが流れて、やたら聞きたくなった私は、久々にレンタルショップに行った。
 今CD5枚で1000円だから(某有名レンタル屋)、じゃー5枚借りようっと選びにかかった。
 まずはジミ・ヘン。何気に歌声が好きなんです。で、歌もの聞きたいなーと思い、カーペンターズ!とサイモン&ガーファンクル!ALOという、最近のいかすバンドと、最後に選んだのは、エアプレイ!!!知ってる??
あたし随分前に、ロックを強制的に仕込まれた(笑)次期があって、それで洋楽を聴けるようになったんだ。あたしが聞いてきたのは日本のザ・歌謡曲だったし、歌えないとつまらないと思っていた私は、英語は歌詞が入ってこなくて好きじゃなかったんだよね。
 その洋楽を仕込まれた時、歌詞がわからなくても泣けたのがボブ・マーリーだった。もちろん日本語歌詞を読みなおし、更に泣いたけどね。
 それ以来、洋楽を楽しめるようになって、これ、好き!と思った1つがエアプレイ。いいのよー。夏にもってこいだよ。ドライブしながら聞いたらいいだろうねー。久々に良かった。感動!とかっていうんじゃないんだけど、いいんだよ。メロディーの宝庫だなぁ。
 夏の暑い日に、例によってクーラーガンガンにして、音楽を聴く。うーん。いいなぁ。

31、「何かに触れた日」

 今日はライブなので仕事を休んだ。だから皆既日食をTVで見ることができた。民放はギャーギャーうるせぇから、もちろんNHK。
 素晴らしかったぁ。鳥肌たったよ。その瞬間、感動してうるうるしちゃった。当たり前のことだけど、昼も星は輝いてる。見えてないだけ。そんな事を改めて感じられてよかった。
 「何かに触れた日」という曲を何年か前に作った。私たちは好につけ悪しきにつけ、色んな事に触れて生きている、みたいな事を歌った曲だ。
 曲を作っていて、凄く面白い事がある。
 詩に関して全てが事実ってわけにはいかず、フィクションも多い。想像から書いた詩が、何年かたって現実になる事があるのだ!
 過去、何回かそんな経験をした。歌ってる瞬間に、あー!これ現実になった!と思うとしびれるよ。
 今日、「何かに触れた日」の歌詞の1節が本当になった。
 太陽が消える日。

 今日、この曲を歌う。皆既日食の日にライブがあって、そんな詩を歌う。何だか勝手に感動している。

 さて今日はパーカッションのとつが登場!ますます元気なSOVERYをよろしく!!
(2009 7.22 12:18)

30、あちぃなぁ~

 春夏秋冬、1年中季節に文句を言っている小出だが、夏と言えば、まず暑い、汗をかく、若い頃、ちゃんとした紫外線対策をせず海に行き、サンバーンという水ぶくれを発症してからというもの、日差しが怖い。
 そして最大の敵、虫!私は0型の為か、やたら蚊に刺される。以前、夏の野外コンサートで、ビール飲みながら草原に寝っころがって聞いていたら、全身、ぶよみたいなのに刺され、痒くて痒くてエライ目にあった。しばらく痕が残った。蚊とか、ぶよくん、血はいくらでも吸っていいから、痒くしないでくれ。
 夏の良い所を考えた。まず思いついたのは洗濯物がすぐ乾く。結構うれしい。・・・その他、別にない・・・。
 ビールは夏じゃなくても1年中おいしいし、食欲がなくてやせる・・なんてことは全くないし、ひと夏の恋なんてねぇ、もうねーよ!浴衣は暑いし、花火は虫に食われるし、夜遊びは1年中やってるし。あー!!夏でときめく事なんてないわ。海を見に行く事ぐらいかなぁ~。寂しい~。おばさんどころか、最近おじさん化してる俺。夏の暑い日は、クーラーガンガンにかけて、布団かぶって寝るのが一番幸せ!


29、涙もんでした。

 先日、敬愛するグラニットハウスのレコ発ライブに行った。前にもこのブログで紹介したけれど、10年前ぐらいから面識だけはあった彼等と、SOVERYのレコーディングや、グラニットハウスのライブでコーラスに参加させて頂いたりと、ここ何年か、とても深くお付き合いさせて貰っている。
 このバンドの最大の魅力はものすごく大きな世界観だと私は思う。詩も、楽曲もスケールがでっかい。圧倒されてしまう。
 日々、つまらない事で、傷つけたり傷つけられたりギスギスしちゃうそんな時、海を見て「あー自分てちっちぇーなー」なんて思う、あの感じ。グラニットハウスを見ると、そう思う。
 聞きながら何度も鳥肌がたった。感動して、うるうるもした。そして、また当たり前の日常が始まっても、どこかで自分にエールをくれるような歌声が残ってた。
 そんな音楽家に、私もなりたい。


28、7月2日(木)稲生座

 何年ぶりだろう。今回、稲生座をバンドバージョンで出来る事になった。
 この間、25日、ノギーのSOVERYデビューの日、リハだけの付き合いだったノギーと、打ち上げと称してSOVERYのメンバー皆と乾杯して以来、何だか凄く近い関係になれた。「百害あって一利なし」と私にとっては悪いイメージのお酒だが(笑)やっぱインディアンの友好のしるしだけあるな!(本当かいな?)皆、和気あいあい飲んで話ができた。
 うちのメンバーは皆お酒好き。私以外は皆、きれいにたしなむ。それに強いよ。で、たいていふざけて話したあと、結構、真剣に音楽の話をしあう。その頃私は、そこらに転がって寝ている為、その深い話をいつも聞き逃す。

 稲生座は、へいちゃん(ドラム)と、よしみつ(ギター)に初めて会った場所。SOVERYの原点。そこでまた新しいSOVERYが始まる。
 最近、5年ぶりでパーカッションのとつ(♀)が見にきてくれたり、知っていながら話せなかったA子さんと飲み会できたり、もちろんノギーもそう。出会いが広がった気がする。
 新しい物や、新しい出来事、新しい人の流れ。何だか物事が動き流れているのが、凄く嬉しい。
 そういえば、私の姉ちゃん、まー坊からメールもらったな。その御利益かな。転職中でバタバタしてる私に「葉子に、いい風が吹きますように」って。


27、マイケル・ジャクソン・・・

 先日のライブ、来て下さった皆さんありがとうございます。初ベーシストのノギー!初アンプのよしみつ!初マイクロコルグのふんじ!等々初めてづくしのSOVERYでした。でもって一番びびっていた小出。歌詞とばすとはなぁ。いかんな。
 でもって翌日、衝撃でしたわ。マイケル・ジャクソン。
 あたしは大ファンではないけど、単なるアイドルだと思っていた数年前に、たまたまアルバムを聞いて、その楽曲の素晴らしさと歌声と、テクニックに圧倒されて以来、好きなアーティストになった。どうしてもビジュアルやイメージが先行しがちな彼だけど、凄い才能の持ち主だ。アルバムの中に色んなジャンルの楽曲が、しかもちゃーんとキャッチーに表現されてて、飽きないし、表現力が凄いんだよなー。
 あんな大スターが、なんだか寂しい結果になって悲しいし、曲がもう生まれる事はないと思うと残念だ。
 有色人種だろうが、莫大な借金があろうが、奇行が目立つなんて言われようが、正真正銘、彼は天才だったと思う。


26、私の変なとこ。

 私は幼児性が抜けないのか、未だに布の角っこを触っていないと落ち着かない。布団の角を1日中持って歩くわけにはいかないので、携帯用の布っこまで持っている。自分でも頭がおかしいと思う。無意識でそれを触っているため、携帯用のそれは、いつのまにか無くなっている。それがないと気が気じゃなく、探すのだが、この間はどうしても見つからず、また作ろうと諦めて家を出たら、玄関の外に落ちていた。ゴミ捨て行った時に落ちたのだ。
 私はカレーのルーをごはんにかけるのが嫌いだ。納豆とか、マーボー豆腐とか。だからみんなとカレー屋に行った時、あの魔法のランプみたいなやつにスプーンを入れて食べて引かれた。子供の頃は私だけ、おわんにカレーを入れてもらっていた。
 私は見ているうちに絵が変わる、というクイズみたいなのが苦手だ。どんなに目を凝らしても、変わったためしがない。
 私は機械が苦手だ。どうやら相手も嫌っているらしく、電化製品は私にかかるとすぐ壊れてしまう。仕事場のシュレッダーに紙を大量に差し込んで壊したのは私だ。最終的に叩いたりするからか?
 私は同じものばかりいくらでも食べる事が出来る。だから幕の内弁当などに一切興味がない。
 私は寝るとき、うつ伏せで寝るのが好きだ。これも多分、おかしいと思うのだが、うつ伏せの頭の上に枕を乗っけて寝ると落ち着く。枕の意味ないじゃん。
 私は虫とか気味の悪い奴らが苦手だ。(足のないのとか、足がやたらあるやつとか)子供の頃、田舎で、でっかいヘビに遭遇し、あまりの恐さに猛スピードでダッシュし、気持ちだけは走っていたのだが、弟の目撃談によると、「その場でもも上げしていただけ」
皆も変なとこある?変な癖とか。今度打ち上げとかで聞かせて欲しいなぁ。

25、「4432」

 ギターのよしみつがギターアンプを変えた。とってもいい感じ!メンバーからも好評だ。車にみんなの機材を乗せているふんじが「せっかくのいいアンプだから、ケースを補強する」と言いだした。「じゃー、せっかくだから、すげーかっこいいの作ろうよ!」と2人で盛り上がった。
 まず、段ボール選びから、という事でスーパーを回った。手頃なのを見つくろって来たら、サイズがほぼぴったし!さい先いいぞー!それを形を整えて、上部についている取っ手がぴったり出るように切る。段ボールといえ、強度が更に増すようにと考えながら切っているふんじに脱帽です。
 そして段ボールのままじゃかっこ悪いし、というので壁紙を張ろう!と100円ショップへ(よしみつ、安くてごめんよ!)数ある壁紙の中から、よしみつっぽく和風がいいんじゃねぇ?という私に、ふんじが珍しく(!)これがいいと言い張って、青のギンガムチェックのを買った。その際も、寸法や貼り方まで頭で計算している彼にまたまた脱帽。でもって、じゃー、ガムテープは私に選ばせて!と黄色のを買った。
 さて壁紙を貼る段階になり、「はい、じゃーこっち持って!」「だめだめ!曲がってる」と、不器用な私はさんざんダメ出しをくらいながら、ゆっくり丁寧に貼った。
 「おぉ~いいじゃん!」とってもいい按配だ!青のギンガムチェックに黄色のガムテープで補強して出来上がり!・・・でもなんだか足りない気がした私は「ここによしみつのマーク入れようよ、4432って。」するとふんじが「そんな器用な事できないよ」と・・・。
 ガムテープを切りぬく事は難しい。でも「大丈夫!器用だから絶対出来る」と洗脳し(実際彼は器用ですよ)「じゃーガムテープに下書きしてよ、俺、切るだけならやる」と、私がガムテープに4432と書いた途端、あまりのダサさに「おいおいセンスね~なぁ」と失笑されて、結局全部やらせてしまった!!
 4432と貼られたそのケースは、めちゃくちゃポップで可愛くなった。
 構想15分、製作時間2時間、経費400円!!しかし超かわいい!出来上がったケースを何度も眺めては写真にとった。
 物には魂が宿る。ましてや手作りで作ったものには特に思いが加わる。よしみつの驚く顔を想像しながら作業した時間は本当に楽しかった。不器用な私は何度もふんじの邪魔をした。ふんじは一途に没頭した。
 物には魂が宿る。楽器に疎い私だけど、自分の手も加わったアンプに愛着を感じる。このギターアンプだって、流れ流れて、よしみつの元に届いた。
 SOVERYの新しい音、新しい仲間に乾杯!!しっかし、ふんじ、君はいい仕事したよ!


24、小出は怒っている!

 今日は、足利事件の容疑者とされた人が冤罪で釈放されたというニュースでもちきりだった。
 こんな事許されないでしょ~。どうしてくれんの?人の人生なんだと思ってるんだよ。無罪で17年半も刑務所暮らしだよ。
 真実を証明する事の難しさと、犯罪者に仕立てられてしまう怖さ。警察、検察、裁判所もさ、捕まえりゃいいってもんじゃないよ、真犯人じゃなきゃ意味ないじゃん。
 しかしさ、こんな人生もあるんだよね。世の中には自分の意図として悪事を働いている奴もいる。そんな奴らが法をくぐり抜けて権力を駆使して生き延びてる。考えただけで頭にくる!
 正しい人が損をしてはならない!!正しい人っていたって、誰もがそう生きられないけど、正しく生きようと思ってる人が、そんな目にあってはならない!ちゃんと仕事してくれ!
 うちの母が言ってた。犯罪者には恩赦がある、だけど税金を払ってる一般市民はなんの恩赦もない。どうしてそんな人々に饅頭の1つも配れないのか、と。(饅頭(笑))
 全くそのとうりだよ。正しく生きようとしてる者にこそ恩恵を与えるべきだよ。正しく生きようとする事が損だなんて思わないようにさ。そして、こういう権力を持った人たちは、心して、責任をもって欲しいと思うし、私たちはそういう間違いや怠慢に大いに怒り、声を上げて正さなくちゃいけないんだと思う。

23、ご無沙汰っす!

 いやいや、いかんなホームページの更新はきちんとやらんと。季節の変わり目だかなんだか体調を崩し、ご無沙汰しました!
 ここ最近の状況報告。6月よりSOVERY第4期開始!(ホワイトスネイクか!)新ベーシスト加入となりました。ABOというかっちょいいバンドのベーシスト、ノギーと共に、また心機一転頑張ります。
 ノギーとは、以前お世話になっている四谷アウトブレイクのイベントでジャニス・ジョプリンのカバーバンドをやったのが出会いです。彼のなんとも言えない雰囲気と、心意気が、ぐぅ~!是非新しいSOVERYもよろしくです。

 明日から6月か。梅雨だねぇ。今年もまた鎌倉の長谷寺に紫陽花を見に行きたいな。何年前だろう、雨の中傘をさして、見に行ったんだ。そこで「ビー玉」が生まれたんだ。
 雨はあまり好きじゃない。天然パーマの私は頭が爆発するし、持ってる傘に足引っ掛けて転ぶ私としては。でも、紫陽花だけは嬉しそうだよ。雨の中、輝いてる。

22、歌う。

 歌は誰でも歌える。プロだろうが、アマだろうが、下手であれ、上手であれ、老若男女、歌う事ができる。
 今は、カラオケがあるから、好きな時、好きな歌を、好きなだけ歌う事もできる。
 歌うという事は人間にとって、とても楽しくて、心弾む行為に違いない。幼い子でさえCMの曲や、流れてくる音楽をあっという間にコピーして口ずさんでいる。
 私の母が「歌なんて大っ嫌い」という理由も、歌うことそのものというより、下手だから・・・と思っているからだと思う。
 人が歌いたいと思う瞬間は様々だ。楽しいから歌いたい。そしてその逆で歌って気分が爽快になるという事もある。
 阪神淡路大震災で、全てが焼き尽くされた、あの悲惨な場所で、人々が焚き火を囲んで、何となく自然に皆で歌を歌ったという話を聞いて感動した。歌は自分を励まし、勇気づけてくれる。
 私の友人から聞いた話がある。
 彼が幼い時、お酒に酔ったお父さんは、お母さんをよく殴っていた。その喧嘩が怖くて耳を塞いで耐えていた。しばらくして、幼い彼をいたわる様に、物干しで鼻歌を歌うお母さんの姿があったと。多分「心配しなくて大丈夫よって事だったんだろうなぁ」と彼は続けて「だから俺、誰の歌が好きって、あのおふくろの鼻歌が好きだ」と言った。
 歌は人をも勇気づける。この話を聞いた時、歌う事の素晴らしさと,重さを感じたなぁ。

21、お墓参り

 先日お墓参りに行くため、近所の花屋さんで仏花を買った。
 その花屋さんは看板もなく、店舗といっても家のガレージに、季節の花4、5種類と、仏花が売っている程度なのだが、とても清潔な雰囲気と、何しろ飾ってある花が新鮮なのと、アレンジメントが素敵で、前から気になっていた。
 「お墓に持って行くので、長さを揃えていただけますか」と言って、2束を選んだ。
そのお店には奥さんが1人で働いている。背が高く、楚々とした雰囲気の言葉少ない、でも仕事に誠実さを感じる奥さんだ。
 丁寧に花束の長さを切りそろえて貰ったあとに「お墓に、このお花も一緒にそなえてあげて下さい」と、傍にあったカーネーション6本を、プレゼントしてくれた。
 すごく嬉しかった。身も知らぬ人から故人のためにと、頂いた花以上に、その人の想いまでいただいた気がした。
 切り花は命を切り取る残酷さがある。一番美しい時を愛でるという、ものすごい贅沢ともいえる。そんな一瞬のものすごい価値にだれもが惹かれてしまうんだと思う。
 頂いた花にお礼を言って、お寺に行った。もう初夏を感じる日差しの中でお花を生けた。どこからともなく、てんとう虫が飛んできた。きっと故人の生まれ変わりだ、なんて思いながら、一緒に飾られたカーネーションを見て、なんて素晴らしい1日だろうと思った。

⑳本が好き


 幼い頃、読書は好きではなかった。学校が勧める本は1ページで飽きてしまった。
 中学生の頃偶然手にしたSF小説がめちゃくちゃ面白くて、それ以来、自分好みの本を選べるようになってからというもの、毎晩寝る前に本を読む癖がついた。
 年齢によってその分野は広くなり、読書は更に深まった。一度入り込んでしまうと寝ずに没頭してしまう。ある時などは本に熱中して回送の電車にそのまま乗って車庫まで行ってしまった。
 本には素晴らしい表現と世界観が混在していて、まるで状況が目に見えるようだ。自分が欲しかった答えや、考えもしなかった発想に出会える。
 最近読んだ本は、企業戦士の話だった。全5巻なのだが、めちゃくちゃ重い内容に影響されてか、毎日が暗く、憂鬱になってしまうほど入り込んでしまった。
 春夏秋冬、雨の日に読む本、夕暮れが似合う本、夏に読む本など、シュチュエーション別に読み返したりする。
 歌詩を作るはしくれとして、本は私に大きな影響を与えてくれる。でも、ある程度の制約を持つ「歌詞」よりも原稿用紙に思いっきり、思った事をなぐり書きしたいと思う事がある。
 本は、自分が今何を求めているか、を知る材料だ。何に興味を持って、何を感じたいのか、選ぶ本が教えてくれる。どうやら、今私は「不条理」や「不毛」な事柄にえらく傾倒している。・・・だからしばらくは暗いど~。

⑲弟。


 私には弟がいる。私に似ず、なかなかの男前だ。二児の父となった今も、ギターを弾いている。
 奴は私のめちゃくちゃな生き方を見てきた生き証人だ。
 私は母親とそりが合わず、若い頃毎日が修羅場だった。母と顔を合わせば口げんかになり、毎日のように繰り返されるそれに父親が逆切れ、家は荒れていた。できるだけ顔を合わせたくなくて、私は毎晩のように泥酔して帰った。深夜家の鍵は当然のように閉められていた。弟はそんな時、自分の部屋の鍵を開け、中に入れてくれた。
 私はある日、会社帰りにたった1本の電話で、家を出た。もうあの苦り切った母の顔から解放されると思うと、何ともいえない自由を感じた。
 家を出て3か月ほどたって、電話があった。どこでどう調べたのか、当時まだ高校生だった弟からだった。「あのさー、皮ジャン買いに行くのつきあってくれるっていってたじゃん、バイト代たまったから行こうよ」というものだった。
 私が勝手に家を出てからというもの、心のどこかで心配しているだろう家族を思うと胸が痛んでいた。そんな時、思いがけず弟の声を聞き、私はその場で号泣した。
 そして待ち合わせた上野駅(皮ジャンといったらね!)に弟は大きな紙袋を持って現れた。「これ、姉ちゃんの服とCD」。
 お目当ての物が見つかった彼は「じゃ!」とあっさり帰っていった。何も聞かず、何も責めずに。
 帰りの京浜東北線の中で紙袋を開けた。何気なくジャニスジョプリンの「パール」というCDを取り上げ、開けたら「姉ちゃんへ」という私を励ます手紙が入っていた。私は涙で、文字が読めなかった。
 今でも、奴には色々励まされる。書ききれないほどの思いがある。
 ・・・私には弟がいる。兄弟というより、親友なのだ。
 そして、おい!誕生日おめでとな。4月7日、私の弟は生まれた。

⑱小さな巨人


 ここ数年で私の中に大きな存在になった奴らがいる。
 姪っ子の、菫(すみれ)と華だ。
 私は彼女たちの、子供ならではの幼稚さや、ずるさや、わがままさを見て、なんて純粋なんだろうといつも驚かされている。
 そして子供だてらに、一人前に傷つき、悩み、耐えている。大人の私に「姉ちゃんは一人でさみしくない?」などと言ってくる。
 弟が聞いていたマキシマムザホルモンというやんちゃなバンドの歌を口ずさみ、けんか中で口もきかない私の両親に「じぃじとばぁば一緒に並んで写真とるの!」とタブーに平気で突っ込んでいく。
 そんな彼女が、このブログに貼ってあるSOVERYのライブ映像を見てくれた。まだ保育園に行っている幼い子が、食い入るように見ていた、と弟からメールがきた。
 私は普段、身の回りの人に対しても「音楽やってます」的な事を言わない。地味に地味に生きている。何だかカッコつけるのがカッコ悪いと思っている。
 だけど、かっこよかった・・と言ってくれたあの子達のためにも、私はカッコいい叔母さんでありたいと、本当に思った。
 いくつになっても!!!
 大好きな事を、やり続けるんだ。

 私は周りの人にめちゃくちゃ恵まれている。
 苦しい時、辛い時、誰かが私に勇気をくれる。
 小さな巨人が、今日も私の背中を押してくれた。
 最近、こだわってた何かが、音をたてて崩れたような、そんな日だった。


⑰4月1日は小出が生まれた日。


 今日は俺の誕生日。朝からたくさんのおめでとうメールを貰った。皆ありがとう!
 4月1日生まれは学年の最後だから、幼少の頃の1年違いは大きな発育の差があって「大変ですが、まぁお母さん気にせずに・・」的な事を母は先生に言われたそうだ。
 幼稚園の母の日の似顔絵が、私だけピンクだけで書いてあったと聞いた。
 
 ・・・今日は誕生日だから、特別な事をしようと思い、長かった髪をバッサリ切った。30センチ以上!10年ぶりぐらいか、こんな短いの。心機一転また頑張る!
 評論家が言ってた。「今日が一番若い」そーだね。いくつになっても見つけられるさ!青い鳥。

 PS かわいい姪っ子から「たんじょうびおめでとーまたあそぼーねーばいばいー」という一方的な電話があった。今年は一緒にプールに行こうな。

⑯FMで流れた!

 「Release Me」がNHK-FMで流れたよ。
 イントロ流れた瞬間、ウルウルしちゃった。
 だって公共の電波(笑)で自分の曲を聴くって、あたし初めてだもん。
 いつかラジオからSOVERYが流れたらいいなってずっと思ってたんだ。
 
 夢がまた1つ叶った。


⑮凄く嬉しかった日


 3月27日、稲生座のライブ。見に来て下さった皆さんありがとうございました。
 
 この日の事を、この先ずーっと忘れないと思う。自分の支えにしていこうと思う。
 
 2年ぶりに、私達のホームグラウンドである「稲生座」であの頃のように2人で演奏したのに、まるで昨日の続きのように何の違和感もなかった。
 心のどこかでバンドに慣れて、私は奢ってしまったんじゃないか?目の前にいる人達にちゃんと語っているのだろうか?そんな思いの中で、2人で伝えられなければ、バンドでだって伝えられないと今回のライブを決めた。
 そして、くどいようだが平嶋Jrの誕生もあり、何か新しい試みをしたくなり親友のにゃをちゃんを誘った。
 そして迎えた昨日、にゃをちゃんはステージで最高の笑顔を見せてくれた。その笑顔を見ながら「あーやって良かった」と心から思った。音楽は「何をやるか」の次に「誰とやるか」だと思う。心が反映するものだからこそ、大切なファクターだ。
 そしてまた昨日は5年ぶりに会った親友との対バンだった。当日まで知らなかったので、お互い驚いた。彼女も音楽を続けていた。前より更にグレードアップしていた。
 ライブが終わり、にゃをちゃんと対バンのありんすと私とで、乾杯した。
 私たちぐらいの歳まで音楽をやり続ける女子は少ない。
 女性の場合、結婚や出産などを考えるとなかなか続ける事は難しい。よっぽど相手の理解がなければ。だからある意味私たち3人は何かを犠牲にしてきたともいえる。
 私は本当に嬉しかった。おんなじ境遇の同世代の彼女たちと、何回も乾杯した。何枚も写真をとった。こんな日が来るなんて思ってなかった。
 音楽をやっていたから再会できたし、同じステージに立てた。私は彼女たちから色んなエールを貰った。
 ただ心のなかで「ばんざい!ばんざい!」と思っていた。なんだか嬉しくて嬉しくてたまらなかった。来てくれた若い彼らにもたくさんの言葉を貰った。それは大事に私の心の中で何回も繰り返して自分を励ます呪文にするんだ。
 にゃをちゃんをいたわるように見つめていた藤山、春日両氏。なんていい兄ちゃんなんだ!こんな素敵な日を与えてくれたのは、柴田浩史、ひろしさんのおかげに違いない。
 レイチェルは次のライブも決めてくれた。こんないい日もすぐに過去になる。でももっと凄い感動的な未来が絶対待ってる。また何かが始まるんだ。

 PS 誕生日と言って奏・TONSOFSOBSのギターリスト木下氏とにゃをちゃんから花束を頂いた。
・・・ピンクの金魚草を入れてくれた「四月の魚だからね」って。


⑭最近の小出

先日、グラニットハウスのライブで私の毒牙にかかった沢山の皆様、すみません・・・また大暴れしてしまいました。

 さて、最近の小出ですが、前回報告の通り、ドラム平嶋夫妻の第一子誕生に触発され、ニューヨークをもじって「ニュー葉子」って事で新しい事に挑戦するプロジェクトを敢行中です。
 まず、SAXヒロシさんの奥様、中村詠子氏がSOVERYの「櫻」を歌ってくださる事になり、湘南FMで流れるんです!!詠子さんの歌声、是非聞いて下さい!!さすがプロ!こんな光栄に恵まれ私は幸せです。私が抱く音楽観は「皆に歌ってもらえるような曲を作る」事なので、こんな嬉しい事はありません。詳細はおってこのページでも紹介しまーす!!

 そして第2弾!兼ねてより親交のある、キーボード、にゃをちゃん(奏・TONSOFSOBS)に次回、高円寺稲生座でゲスト出演してもらう事に!彼女とは四谷アウトブレイクで対バンして以来とても親しくなり、彼女の音楽に対する真摯さが私は大好きです。何よりその人柄がいい!是非一緒にやってみたいプレイヤーの一人でした。 今回、2週間くらい前のいきなりのお願いにも関わらず参加してもらえる事になり、こちらも楽しみです。
 彼女の穏やかでクールで、情熱的な一面を是非ご堪能あれ!3月27日(金)です!!

 そんでもって、最近ニュー葉子は、色んな所へレコーディングした音源をちまちまと送っている。今回はしつこく送る事にした。めげないぞ。こういう類の物は、やたらと手間暇かかる。歌詞だ音源だ写真だプロフィールだってね。もうかれこれ10社ぐらい送ったか?こんな気持ちになれたのも、やはり平嶋Jrのおかげだ。メーカーさんが「も~やめて」っていうぐらい送るんだ。がはは!!
 そのかいあってか、今度3月29日(日)NHK-FMのインディーズファイルという番組にSOVERYが流れる事になった!!夜11時~12時半までの間に流れる。しかしニュー葉子は最近の郵送物の乱発の為、どの曲をエントリーしたか分からない・・・。当日ドキドキしながら聞こうと思う。

 ドキドキわくわくする事って素敵だね。新しい事大好き。それは自分が作り出す事もできる。自分が諦めない限り続く。あー明日は姪っこの新築したての小学校を見に行くんだ。校舎に入れるんだよ。小さな机、できたての廊下や何も貼ってない壁。そんなまっさらな校舎で今度はどんな発見があるんだろう。楽しみだなぁ。


⑬生まれた!!!!!!!

 3月9日、ドラム平嶋秀亘夫妻に第一子誕生!!!!

 この日をどれだけ待ちわびたか・・・。まー坊(へいちゃんの奥様)をこのブログ始まって以来紹介しなかったのは「この日」の為にとっておいたのだ。
 彼女は私にとって大切な友であり、SOVERYの一員である。
 へいちゃんと知り合ってからの付き合いだから、5年近くになるか?しかし私の人見知りな性格の為、なかなか話が出来なかった。それを一気に近づけてくれたのは何年か前の「アイランド計画!!」(ひらしまだけに・・)だった。平嶋夫妻と2泊3日で伊豆の海に行ったのだ。
 もう9月に入っていて伊豆の海には人もまばらで貸し切り状態。そんな海のほんの目の前にあるペンションで、着いたその夜2人で、波の音を聞きながらお酒を飲んで、いつまでもいつまでも語り合った。宇宙の話、言語について、古代インカの話。ただ絶え間なく聞こえてくる波の音を聞きながら、2人の女がグラス片手にデカイ世界の話を延々している様を想像してくれ!そのうちお互い自分自身の話になった。
 彼女は何事も自然のままに受け入れる超「自然体」人間だ。そうなれるまでに色んな事を感じてきたに違いない。私も彼女の雰囲気に引き込まれ素直に自分をしゃべっていた。
 「そろそろ寝ようか」灯りを消してお互い布団に入ると、ただ波の音だけが聞こえていた、あの日の事が忘れられない。
 彼女はSOVERY結成して間もなくからずーっと私達を見守ってくれていた。一時、私達にチャンスが訪れた時、涙して喜んでくれた。彼女自身、大変な出産で、何度も入院しているにも関わらず、小心者の私にベッドの上から何度も応援メールをくれた。
 彼女の夢がかなった今、私は心から彼女を尊敬するし、何よりも「命は求めて得られるものじゃなく、授かるもの」だという事を教えてくれた3人に感謝と、これからのエールを送りたい。
 へいちゃん、まー坊、本当におめでとう!!!!!!!
 そして、生まれてきてくれた彼に、ありがとう。

さぁ~飲むぞー!!


⑫雪が降った!

 雪が降ったねぇ。極寒の地域の方々はさぞ大変なことでしょうが、関東に住んでると雪がたくさん積もって欲しいと思う。だってきれいなんだもん。
 そして不測の出来事がたくさん起きて、街中がパニックになって、誰もが遅刻して、開き直った安堵感みたいになって、みんなが笑っちゃうような1日があったっていい。そんな時は近くにいる知らない誰かと平気でしゃべれそうだ。会社に「遅れます」と電話したら、足跡のついてない所をザックザックと踏みならして、雪を固めて投げるんだ。坂を段ボールで滑ってもいい。みんな、信号機もあてにならずにゆっくりと道路を渡ってる。ほっぺたや鼻が赤くなってみんなかわいい。
 不便で迷惑なんだけど、何だかわくわくする、楽しくなってしまう、こんなゆっくりとして、気ままになれる1日が日本人には必要だ。


⑪はぁ~

 先日、マンダラⅡに来て下さった皆さん、本当にありがとうございました!皆様のおかげでSOVERYは活かされてます!

 昨日の感想は「人の温かさを感じた」事です。
 緊張してる私を支えてくれたメンバー。温かいお客さんの拍手、私の名前を観客席から何度も呼んでくれた人。色々と心遣いして下さった、マンダラⅡのスタッフの皆さん。
 本当に頭が下がります。
 音楽だけでなく、何かをやり続けるということは、色んな人達を巻き込んで、家族をも巻き込んでやる、という事です。だから、ある意味自分勝手な行為だと思います。そのわがままに付き合ってくれる全ての人に、まず私は感謝しなくてはなりません。
 そしてご迷惑ついでに申しますが、このわがままは、やり通さなければなりません。
 私達が後悔しない事、それしかその方々に返すものはありません。
 ・・・本当に心から、感謝です。


⑩心中お察し致します・・・

 連日賑わっている話題。某大臣の失態ですが、私も酩酊ボーカリストとして心中お察し致します・・・。
 私もどれだけ醜態をさらし、大立ち回りをしてきたことか。ただ、あなたの場合、フィールドがデカすぎるっ。世界各国に配信されてしまうとね。しかし私ごときが応援も批判もできる立場ではなく、ただ、ただ、お気の毒としか言い様ございませんっ。のどが渇いたのではなく、目の前にあったんですよね~。お酒ってそういうものです。呼ぶんですよ。「お酒大好き~」って人の前で呼ぶんです。
 のど渇いたら、清涼飲料水飲めばいいんです。けど、心が求めてしまう。そこをつけ込まれるんです。ある意味、相思相愛ですよ。
 今回の事で皆さん大変ご立腹で、まことにもってその通りであります。こんな経済危機の中、ふざけんな!・・・ですよね。しかし私は自分を擁護するためか、何故かお気の毒になってしまうのです。あんなVTR何十回も見せられ、本人ほとんど覚えてなかったら・・・。翌日きつかったろうな、とか。なんて言い訳しよう・・とか。
 とりあえず頑張って下さい。世の中には公人じゃないだけで、あなたのような人がたくさんいるのですから。もうお酒飲みたくない・・などと言わず、きっぱり公人やめられて、思いきり飲まれたらいかがでしょうか。私もそうなんですが、懲りないのですよ、なかなか。


⑨ザ・2時間サスペンス

 私は大好きなのだ。この手の番組が。トイレに立ったぐらいで訳わかんなくなるような急展開もなく、犯人は絶対こいつだ!と思って大抵外さない。一人や二人怪しい奴がいたって、その人の認知度で雑魚と分かってしまう、何とも分かりやすくていい。
 何かしながら見るには打ってつけだ。しかも、脇役のキャラが立ってて、その人たちだけでも面白い。
 SOVERYのリハが休日の夜にあった。何気によしみつが「今日、徹子の部屋見たよ」と話し出し「あー見た見た!」私が答えた直後、またもやよしみつが「その後、家政婦は見た!見ちゃってさぁ~」「あー見た見た!」(小出)「俺も見た!シャドーファミリー!」(平嶋)(・・・その日見てる人しか分からなくてすみません)・・・おいおい、3人も見てたのかよ!
 その時間、他チャンネルでもドラマとかやってるだろうに、これ見るか。やっぱ違うね、SOVERY。その後2時間サスペンスの話に突入し、皆も加わり大盛況。
 船長シリーズ、温泉若おかみ、湯けむりシリーズ、等々尽きないのだ。「夜明さん知ってる?」ってあなた、かなりの通よ。普通役の名前から入ってこないよ。もちろん知ってますけど。タクシードライバーの推理日誌ね。
 もうずいぶん前から、私は恋愛もののドラマを一切見なくなった。面白くないんだよね。綺麗な男女の話ってのもねぇ。あたし位の歳になっちゃうと、歪んでるほうが(笑)よっぽどそそるね。イマジンが膨らむ!市原悦子さんのファンのよっちゃん、ライス国務長官?を好きなM沢先輩。結局私もこの口か!!
 しかしザ・2時間サスペンスは人間の醜い部分をさらけ出す、大変勉強になる番組だ。欲と金!!こんな永久に不滅のテーマを延々とやっていく姿勢は見習いたいものだ。
 私はこれと言ってコレクターでもなければ、深い知識もないが、ザ・2時間サスペンスと昭和のお菓子談義であれば「朝まで生テレビ」モードでお付き合いできると思う。


⑧2月9日

 昨日は色々あった。またべらぼうに飲んでしまった。
 今度BS日テレのインディーズ音楽番組に出る事になり、初めてTV局に行ったのだ。すげービルだよ。入口で名前書いて、チケットもらって、駅の改札みたいな所通るの。28Fまでエレベーターで行くんだけど、ガラス張りで夜景がきれいだった。
 担当の方、すごく熱のある方で、ウチのHPも見てくれていて、皆のプロフィールを知っていた。考えてみれば、ウチのメンバー皆凄いのよ。あたし以外は!そんな無名なあたしを彼らはいつも励ましてくれる。ほんといい兄ちゃん達なんだ。
 打ち合わせが終わり、さてさて、ベースかんたろー君率いる「東京特許許可局」(いいづれぇぞ!)のライブを見にいく事となった。ビルを出て新橋の街を歩きながら、今までのSOVERYの事、思わずにいられなかった。
 2001年、あの正しく爆弾テロのあった日、SOVERYは生まれた。私は初めて「自分の好きな事を好きなようにやろう」と誓った日でもあった。
 2人で何年間かライブバーをまわり、バンドを作った。仲間選びは「面接」!!上手い事は当然!長く続けていける仲間、私が好きになれる人達。
 以来、おいしい話もいくつかあった。辛い思いもいっぱいした。でも今の仲間に出会えた事と、お客さん、支えてくれている、いくつものライブハウスのおかげで、ほんとに楽しくやっている。
 ライブを見終わって、ここにも私達とおなじく、生き方が不器用な熱い人間がいると思って、嬉しくなった。
 SOVERYがTVに!たくさんの人に見て欲しいよ。ウチの売りはメンバーのキャラ!面接で選んだだけはある!ははは!でもマジでかっこいいよ。こんなお兄さん(みのもんた風)いたら惚れるよ。不器用だけど彼らは「本物」だ!


⑦SO VERY発祥の地で

 昨日、ShowBoatでのライブ、雨の中見に来てくれた皆さん、ありがとうございました。

 高円寺といえば、稲生座!SO VERY発祥の地!前にもこのコーナーに書きましたが、私とふんじがSO VERYを立ち上げた当初、弾き語りでいろんなお店を回っていました。友人に勧められて、稲生座に辿り着き、以後大変お世話になった、大切な場所です。
 ライブが終わったら、稲生座に寄ろう、と前々から決めていた私達は、雨が降る中向かいました。庚申通り商店街の中をぬけ、階段を上がると、う~あの雑多で味わいのある入り口が!扉を覗くと、レイチェル(彼のベースはかっちょいいぞ!)が、変わらぬ笑顔で迎えてくれました。
 2年ぶりに訪れた稲生座。あの時のまま、暖かく、雰囲気も変わっていなかった。席に座って「ビール!!」すると、この店でどれだけ飲んだかわからない、あのハートランドビールが!緑色のビンで量が多いのがいーのよ。あの頃2人してラッパ飲みしながらステージ出てたなぁ。昔からあがり症の私に、ふんじが変わって喋ってくれた。このお店には、ジャンルとか超えて、音楽を聞いてくれる色んな人種(笑)のお客さんがたくさん居て、私が初めてお客さんに「おひねり」!!を頂いたお店でもあるのだ。
 今は亡きマスターとえみちゃん(奥様)がそんな雰囲気を作り出したんだ。歴史あるそんな稲生座の中の新参者で、酔っ払いの私達をこのお店は優しく包んでくれました。
 昨日、稲生座で、あの頃の、たった2人のSO VERYをもう一度やってみよう、と私達は思いました。レイチェルがすぐに日程を決めてくれました。
 3月27日、金曜日。マスターの遺影の前で、今も変わらない自分が居てくれることを、私は確認してみたいのです。


⑥洋服だらけ

 私はやたら洋服を持っている。歌うたいという立場上、ライブで着る服もやたらにある。ライブが大体月2回ペースなので、その度に違う服を着たくなり、次々に買ってしまう。
 お~これは!と思う服を試着もせずに購入するため、ライブ当日の朝、着てみると・・・全然似合ってねーし・・・という事ばかりだ。
 だから数え切れないほどのレパートリーがありながら、数着の着まわししかしてない!なんとももったない話なのだ。
 しかもライブ用のものは「普段着られないようなやつ」にしてしまう為、日常はきつい。前に、R&Bっぽくやろうと思って買った、ユニオンジャックのマークの入った青いスパンコールのワンピース(笑)なんか、どうすんのよー。あたし色白だから似合わねー!!ただ、その時「新しい1歩を踏み出すぞ」とくだらん意気込みで買ってそのまま。
 普段着だっていっぱいあんのよ。じつは。だけどめんどくさがり屋なもんで、洗濯したやつを着てしまい、いつも一緒!
 去年なんかさ、仕事場に3枚のTシャツで、ひと夏まわしちゃったのよ!でもって仕事仲間に「これ、俺の制服だと思って」なんて納得させて!!いけないな~。こんなんじゃ。
 この間、キーボーディストのにゃをちゃんとこんな話になって、一度ライブで着た服を、女の子同士でリサイクルし合ったらどうか。なんて盛り上がっちゃいました。
 今年はがんばって着ていない服を着てみよう。似合ってると思い込むんだ!思い込みが肝心!・・・ただあのスパンコールだけは・・・着れないだろうな。まずメンバーがひっくり返るよ。


⑤アメリカ大統領

 先日、気になって深夜2時近く起きてしまった。就任式を見たかったのです。TV付けたら丁度、アレサ・フランクリンが歌ってた!きゃ~
 凄いなアメリカ。遂に黒人大統領とは。大きな1歩を踏み出したアメリカ!エールを贈りたいと思います。チェ~ンジ!!そして景気回復お願いしますよ。


④小出の父ちゃん

 今日15日は小出の父ちゃんの誕生日である。
 彼は一言で言ったら「過激派」!気にいらない事があると家中壊しまくり、ろくに働きもせず、遊ぶのが大好きで、陽気で、おしゃれな人だ。そんな父ちゃんが私は大好きだ。自分の感情だけで私達兄弟は幼い頃、意味もなくぶっ飛ばされたりしてきたのに、全然嫌いになんてなれないんだな、これが。
 父ちゃんは物凄く手先が器用で職人並みなのだが、すぐ飽きてしまう。もし一つの事をやり続けていたなら、芸術家にだってなれた人だ。
 でも実際はただのおっさんである。なんの肩書きもなく、未だ母ちゃんに叱られ、うだつの上がらない男なのだ。
 しかし彼は正直だ。子供のように純粋だ。こんなじじぃになるまで嫌なことはしない生き方ができる彼を私は凄いと思う。そこで誰もが「そういう生き方できるのは、周りに恵まれているから」と言うが、果たしてそうだとしても同じ事ができるのは僅かだと思う。
 自由に生きてきた割には何も残せなかった父ちゃん。でも、あたしには伝わってるからね。父ちゃんは差別や区別をしない、凄い人だよ。
 誕生日おめでとう。今度また卓球しよう。遊んでる時の父ちゃんが一番かっこいいよ。


③拝啓、キタガワヒロコ様

 SoVeryのCDもようやく佳境に入り、谷平先生(グラニットハウス)のご尽力のもと、そろそろ生まれ出ようとしております!
 振り返ると、ファーストアルバムを出したあの頃から、メンバーも状況もずいぶん変わりました。ファーストから居てくれているのはドラムのへいちゃんだけだね。
 今日はそのファーストアルバムを買ってくれる筈だった1人の女の子の話です。

 へいちゃんに「お前ら、セプテンバーコンサートに2人で出ろ」と誘われたのはもう何年前だったか?当時、サポートで頼み込みやっとファーストCDが出来上がった頃でした。
 不特定多数の人前で演奏できるという事と、あわよくばCDを買ってもらえたら、と、「9.11」の日に行われる平和を願うコンサートに参加することにしました。
 私達は田無のショッピングモールの中にある特設会場に出演することになりました。(全国各地で現在も行われています)2人でステージに上がり、椅子にきちんと座ったおじいちゃんや、子供をあやすお母さん達の前で演奏し、いつもと違う観客の新鮮さもあり、とても楽しいひと時を過ごしました。さて演奏が終わり、司会者の方が「SoVeryのCDの販売がありますので最後まで見ていってくださいね」と言ってもらったにも関わらず、その日最後の演奏者も終わったその頃、私達は「どーせCD買う人なんていないだろ、参加するだけで充分意味があった」とか言って、とっとと荷物をまとめ「それじゃ!」と帰ってしまいました。
 バスに乗り随分走った頃、ふんじのケータイに電話が・・・「あのーCD欲しいって子がいるんですけど」主催のFM局の方からでした。「お母さんと今ここに居るんです」!!!!!
 私達は間違ってました。真剣に聞いてくれる人たちがいるってこと。
 彼女の名前はキタガワヒロコちゃん。もう随分お姉さんになったろうな。その電話の内容を聞き私は嬉しさと申し訳なさで、涙がでました。そんな私にふんじが言ってくれました。
 お前が歌い続けていればいつかきっと会える、と。
 私は彼女の歌を作りました。「CALL ME」という曲です。
♪歌い続ける先に あなたは待ってる♪
 待っててくれよ!そしてあの時ありがとう。今度2枚目のCDが出るんだよ、ヒロコちゃん!あの日の事があって今があるんだよ。あなたの事、ずっと忘れないよ。


②七味唐辛子

 今年何年かぶりに、地元大宮の氷川神社に初詣に行きました。
 私の守護神社を浅草寺と鎌倉の鶴岡八幡宮と勝手に決めていて、毎年どちらかに初詣に行き、それ以外にSoVeryでいい事があったり、報告をしに何度も訪れるのですが、何だか今年は氷川様

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コメント (9)

びーてつ:

祝!So VeryオフィシャルHP。

これで「ねーちゃん、次のライブ何時?」なんて聞くことなく、情報が得られるね。

これからも、オイシイ情報を夜露死苦!

kao:

よーこちゃん、お兄さんがた、
ホームページ開設、おめでとう!!良かったね〜。
ところで、キャッチ(になるのか?)の「〜元イケメン軍団」って…
う〜〜ん(; ̄ー ̄A   ーーま、いいか。
今後のHPの展開希望としては、ライブ情報以外にも、メンバーの別の顔が見られるようなページもあるといいな。
順不同で、いいからメンバーが順にブログを書いてくとか…
どうぞ、ご検討を。
ではね、ライブがんばって(。・_・。)ノ

はじめまして。SHOW-YAコピーバンド「e-ya!」のSayopiy@鍵盤です。
いつも、葉子ちゃん&藤山さんにはお世話になってます!!

HP開設おめでとうございます。
さっそく、ウチのHP(PC版)からもリンクさせていただきましたので、ご確認ください(^O^)/

こちらは携帯からも見れるようなので、スケジュールはちょこちょこ確認させていただきますね☆.。.:*・°

かすがよしみつ:

びーてつさん、KAOさん、sayopiyさん
初めまして!ありがとうございます!
とりあえず管理人のかすがです。
不慣れなもので少しづつの更新になりますが
今後ともSOVERYを宜しくお願いします!!

葉子:

皆さんすんません。俺っちPCよくわからんで返事遅くなりました!!!!

まずは・・・ばかてつ!!(私の弟っす)
SOVERYの記念すべき第一号の投稿はお前か!ありがとよ!姉ちゃんは相変わらず自由に生きてます!実家の方よろぴく!
・・・薫ちゃん!!
早速の投稿ありがとう!もちろん今でもイケメンなんすけど!リハではOYAJIギャグ連発でこっちで腹筋使いまくり!そうね、ステージじゃない皆の姿是非見せたい~!!下手なお笑いより笑える!!
・・・さよぴちゃん!!
ありがと~嬉しかったよ~!
この間のゆきの結婚式の二次会の帰り、二人して「リアルな街」歌ってくれたのが嬉しかったな~!!
リンクしてもらって感謝です。ありがと~!!!

藤山です:

皆さん、どーもです。
という訳でホームページって言う奴です。

色々と頑張って行きたいと思いますので
これからも、しくよろ!

葉子:

昨日、暑い中ライブに来てくれた皆様、本当にありがとうございました!!アンコールまでして頂いて感謝で一杯です。ステージの上からいつも来てくれるお客様が見えた時なんだか嬉しくて心強かったです。そんな皆さんを裏切る事のないようメンバー一同頑張ります!!

yoko:

こんばんは。

おひさしぶりです、浦和の印刷会社で営業マンやっていましたアラフォーのyokoです。

今は違う業界ですが、あいも変わらず車飛ばして営業マンやっています。

元気そうですね。

いつか小出さんの歌、聴けたらいいな。

小出葉子:

ど、どうしてこのページ分かったんすか!驚きと懐かしさでいっぱいです。ありがとうございます!あー関○図書!あの頃のように週4回ペースで飲み会はしておりませんが、相変わらず歌っています。お便りのおかげで凄い元気貰った!!仕事頑張って!運転気をつけて!いつかカーラジオからウチ等の曲を聴いてもらえるよう頑張る!!新年早々めちゃくちゃ嬉しかった!ありがとう~!!!!

         
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